第089話 ~テラスと星空~
ベッドにはすっかり元気になったイリッシュ。隣には俺が座っている。
表情や仕草を見る限り、体調は良くなったと思われる。
「体調はもう平気か?」
「はい! 痛みが嘘のようになくなりました。ユーキ兄はすごいですね!」
ニコニコしながらイリッシュは俺に話しかけてくる。目がキラキラ輝いているのは気のせいか?
「いいか、この事はみんなに秘密に。病気が治せる事が知られると、面倒なことになる気がする」
「分かりました。みんなには黙っています」
「すまんな。ただ、緊急時は教えてくれ。こっそりとだぞ、こっそり」
「緊急時ですね。その時はユーキ兄の耳元でささやきます」
また一つ秘密ができてしまった。これで何個目だ……。
この世界に来てから調子が狂う。愛の調子はどうだろうか? 少し心配だ。
「さあ、もう夜も遅い。早く部屋に戻って寝るんだ。また、痛くなったら声をかけてくれ」
「一緒に寝てくれないのですか?」
うーん。一緒に寝たいよな、寝たく無いような……。
本音を言うとモフモフしながら寝たら最高だろうな! 尻尾に抱き着いたまま寝たい!
だがしかし! それをしてしまうと、明日の朝が怖い。グーパンナイフは死に値する。
「今日はいろいろあったし、一緒に寝るのはまた今度な。俺はまだする事がある」
イリッシュはほっぺを膨らませ拗ねてしまったようだ。
「残念です。絶対ですよ! 絶対!」
イリッシュの手を引き、一緒に部屋を出て、イリッシュの寝室前まで一緒に行く。
「おやすみ。さっきまで体調不良だったんだ。しっかり休んでくれ」
「はい。今日はおとなしく寝ます。ユーキ兄も早く寝てくださいね」
イリッシュが俺に抱き着き、すりすりしてくる。
「おやすみなさい」
イリッシュはさっと扉を開け、部屋に入っていく。
いい匂いがいしたな……。さて、戻るか。
実験室に戻ろうと、廊下を歩いていくと、テラスへの扉が見える。
そういえばここにはテラスがあるんだったな。
少し風に当たりたいと思っていたのでちょうど良かった。
テラスへの扉を開け、外に出る。
いい風だ。空は満天の星。少しだけ吹く風は、心地良い。
日本にいた時もベランダで同じように風に当たることがあった。
日本か……。もし、このまま帰る事ができなかったらどうしよう。
やっぱり、不安だよな。この世界は悪くない食べ物も普通だし、生活にも今の所困っていない?
家族もいる。日本に未練はあるか? あるな、色々と。
この世界は科学はまだ発展途上だが、魔法でその分を補っている感じがする。
魔法は科学、医学の代わりになっているよな。
……空って飛べるのかな?
日本では『気』の力で空を飛べるマンガがあった。
この世界でも、もしかしたら魔法の力で飛べるんじゃないかな?
ダメもとで試してみるか。たまたま外にいるし。
魔法はイメージ。イメージで魔法は使える。
空を飛ぶイメージ。
イメージ、ひこーき。飛びます飛びます。
違うな。翼が無くても飛ぶイメージが必要だな。
飛ぶというより、浮くに近いのかな?
自分の体が浮くイメージだ。魔力を体に覆わせ、包み込むようなイメージ。
気球のようにゆっくり浮かんでいくイメージ。
……体の周りが、少し暖かくなった気がしてきた。
もっとだ、イメージしろ。ふわっと、浮くイメージだ。
スカートが、下から吹く風にあおられ「わーお」なイメージだ。
両手でスカートを抑えて、両端がふわっと浮いてしまうイメージだ。
――浮いた! 足元が地面から数センチ浮いている! す、すげーー!
ごほんっ。
もっと浮くイメージを。気球のようにゆっくりと浮かんでいくイメージ。
浮いた後は、風の魔法で行き先を決めよう。
徐々に体が浮かんでいく。おっ、おっ。こ、これは怖い。
数メートル浮かんできたが、落ちたらまずくないか?
ドキドキドキ……。
だ、大丈夫。集中していれば落ちることはない。
気球のようなイメージで俺は少しずつ浮かんで行っている。
屋根より高くなったところで、風魔法で前に進むよう、後方に風を吹かせる。
お、前に進んだ。これはこれで気持ち良いが……。
怖い! 安全装置なしで空中に浮かんでるよ!
下には街の灯りがポチポチ。
空には星がキラキラ。
俺の心臓ドキドキ。
も、戻ろう。早く戻ろう。テラスに早く戻ろう。
早く戻りたいとイメージしたら、それなりの速度で移動ができた。
イメージなんだな、なんでも。次からイメージしやすいように、名前でも決めておくか。
うーん……。『気球術!』うん、しっくりきた。これでいいや。
ガチャ
びくぅっ! な、何の音だ?
音がした方に目を向けると、一人の少女が立っている。
金色の紙に緑の瞳。薄手のワンピースを着た少女。
「ル、ルエル……」




