第008話 ~水の魔法とスッポンポン~
テーブルを挟み、向き合う二人。長い沈黙の後に、ルエルは寂しそうな表情でで俺に話しかける。
「ユーキ、魔力が全てではないわ。必要最低限は魔力あるから、なんとか生きていけるわよ。心配しないで」
「必要最低限か。そうか、俺は特別な転移者って訳ではなさそうだな」
カラン コローーン
お店の入口についている鐘っぽいものから音が鳴る。どうやらお客様らしい。服装を見ると、普通だ、見た目は俺と同じようなので種族は人ってことかな?
「いらっしゃいませ。こんにちわ」
席を立って、来店した少女に歩み寄り、まったく愛想の無い声と無表情のルエルが少女に声をかけている。接客時位愛想を少し出してほしいものだ。
「何か探し物でも?」
「この店に可愛いアクセサリーがあるからって、友達から聞いたの」
「アクセサリーはこっちよ。適当に並んでいるから見ていいわよ。購入前に一度つけてみてね。指輪とかサイズがちょっとずつ違うから。何かあったら呼んで」
「え、あ、はい」
ルエルは簡単に接客を終わらせ、こっちに戻って来る。というか、ルエルの今着ている白のワンピースっぽい服は、仕事で着る服なのか?俺から見たらどう見ても私服だ。これも商品なのか聞いてみよう。
ルエルはさっきまで座っていた椅子に腰かけ、俺を見ている。え、何?俺の顔に何かついてる?
「ユーキ、なんか顔がにやけてるわ。何を考えているの?」
「にやけてない。これが普通の顔だ。ところで、ルエルはこの店を任されているのか?」
「一人でやってるわ。昔は祖父も両親もいたけど、今はいないの。気が向いたら詳しく話すわ」
「そうか、しかしルエルは接客時に愛想がないな。少しくらい笑顔になってもいいんじゃないか?」
「なんでよ。ほしい商品を案内すれば、笑顔があっても無くても買っていくわ」
な、なんという俺様主義。接客の『せ』の字もない・・・。
「なぁ、この世界じゃ笑顔で接客とか、言葉使いとか、身だしなみとかどうなってるんだ?」
「特にないわね。みんな好き勝手に営業してるわよ。お向かいのボムおじさんはいつも大声で怒鳴っているし。あ、ボムおじさんはドワーフ族で武器とか防具を作ったり、販売しているの」
ボムおじさん。ボム。ドカーーン。爆発した髪型のずんぐりむっくりなドワーフをイメージするな。
「そうか、それでこの店はうまくいってるのか?」
「どうかしら。少なくとも楽ではないわね。いつも生活ギリギリよ。繁盛している店は繁盛してるわね」
いまいち世界観がつかめない。みんな好き勝手、思った通りに商売しているって事か。
カラン コローーン
ん?さっきの少女が帰ったのか。何も買わなかったんだな。
「それで、ユーキは何か思う事でもあるの?」
・・・・・・。
「ルエル、さっきのお客様に対して、感謝の気持ちってあるか?」
「ないわよ。何も買ってないし。買ってくれたら感謝するわね」
痛い!これは痛いぞ。商売の基本がなってない!俺の為にも、基本を身に着けさせ、この店で儲けて、金貨をルエルに支払って、元の世界に帰る!そうだ、俺は商売人だ!(多分
ゴホン。
「ルエル。儲かりたいか?」
「豪遊はしなくていい。せめて、もう少し楽な生活がしたいわ。こういつもいつもギリギリだとね・・・」
「わかった、俺が儲けさせてやる。商売の基本をルエルに教えてやるよ!」
「そう、たすかるわ。じゃぁ、私は魔法の基本を教えてあげるわ。とりあえず、しばらくこっちの世界にいるようだし、生活するうえでの最低限の魔法を教えておくわね」
こうして、ルエル先生の魔法講座が始まった。
台所に行き、少し大きめのタライをルエルが準備する。蛇口がある。コンロっぽいものもある。どうやって使うんだ?
「初めに水の出し方。これは飲み水、食事の準備、行水、お手洗いなど、毎日使うの。今からこのタライに水を出すからよく見てね」
ジーーとルエルの胸元を見る。あ、見えそう、そ、もう少し、あ!惜しい!!
「ユーキ、真面目なところよ。あなたの生死にかかわるわ。今度ふざけたらおでこにナイフが刺さるかもね」
あい。しっかりと見ます。
ルエルは蛇口の上についているノブを握る。ノブには水色の小さな宝石がついている。
「この蛇口に水の魔石が埋め込まれているの。ここに魔力を流すと水が出てくるわ。ちなみにこの魔石には使いすぎると亀裂が入ってきて使えなくなるの。日の出30回位を目安に、水道ギルドが交換してくれるわ。もちろん料金はかかるけどね」
まるで水道局だな。毎月交換して料金を徴収するのか。自作すればいいんじゃないか?この蛇口を。
「ユーキ、ギルドで販売している家庭用魔具を自作すると、騎士兵団に拘束されるわ。気を付けてね」
おぉぉ、怖い。まるで心を読まれたかのようだ。
「じゃ、水出すわよ。蛇口握ったら、魔力を流すだけ」
ジャーーー
うん、水だ。きれい。無力透明。思ったより普通だな・・・。
「ユーキもやってみて」
「よし、いくぜ!」
蛇口を握る。魔力を流す。集中だ。はぁぁぁぁ!
チョロチョロチョロ・・・
「ユーキ、真面目にやって。全然出てないわよ」
真面目にやってる!集中が足りないのか!よ、よし。みず、水に関連するもの・・・。
そう、髪の濡れた少女は何となく色っぽい。お風呂上りとか、いい匂いがしていい感じだよね。
お風呂、シャワー、シャワワワァー・・・・。右手が熱いぜ。
ジャーーーー!!!
おぉぉぉぉ、水出た!い、勢いがすごい。と、止めなきゃ。あ、手を離せばいいのか。
手を放したが、時すでに遅し。台所は水浸し。ふと、ルエルを見る。
水を被ってしまったののか、服が濡れ、髪も濡れている。うん色っぽいね。
白の服は体にピタッと張り付いており、しかも若干透けている。
体のラインが出ており、双宝山もその形をあらわにした。
俺はすぐに手のひらを目の前で合わせ、合掌する。
ありがとう、そして、ごちそうさまです
って、違う違う!
「ルエル!すまん。わざとじゃないんだ!これは事故だ!事故!」
「ユーキ、私は着替えて、髪を乾かすから、今すぐさっきの掃除用具入れから雑巾とバケツを持ってきて。今すぐよ」
「いえっさーーー!!」
俺は光の速さで倉庫に行く。さっきまで俺がいたところだ。右手にはロウソクを持っている。あの部屋は暗いからな!
扉を開けると、そこには見たことのある顔が。
「お兄ぃ!」
「愛!なんでここにいるんだ!」
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
マッハの速度でグーパンが俺の右頬に放たれる。
俺の時と同じ、愛はスッポンポーーーンだ。
避けることもできなく、俺はそのまま飛ばされる。あ、スローモーションだ。俺ここで死ぬのか・・・。
愛はあわてて手元にあったお盆と鍋の蓋で上と下を隠したようだ。
愛、グーパンの前に隠してほしかった。そして、俺の話を聞いてほしかったよ・・・。
愛、最後に会えて、良かった・・・
バターーン! ドタッ! ゴロゴロゴロゴロ!! チーーン
「お、お兄ぃ!大丈夫?生きてる!?なんでこんな事に!」
いやいや、愛がグーパンしたんだろう。
大丈夫だ。俺はまだ死んでない。俺にはまだやることがある。
目の前に山があったら登るだろ。なぁ、同志よ・・・