第086話 ~味見役と善悪~
ここは実験室。イリッシュが俺に抱き着きながら泣いている。
どのくらいの時間が経過したのだろうか?
「なぜ泣いているんだ?」
イリッシュは泣きながら俺の方を見ている。
「だ、だって、食事中に突然気を失ったようで、声をかけても返事が……」
手料理を食べた後の記憶があいまいだ。飲み込んだところまでは何とか覚えている。
その後は、誰かと話したような記憶があるが、うろ覚えだ。誰だっけ?
「すまなかったな。急に眠くなって、寝てしまった。起こしてくれてありがとう」
イリッシュは疑いの目で俺を見ている。涙は止まったようだ。
「ユーキ兄。それは嘘ですね。本当の事を言ってください」
おっと、いきなりばれた。俺は嘘がつけないのか?
噂では声や顔にすぐ出るらしい。
ポーカーフェイス勇樹の異名を持っているのに……。
「本当に眠くなったんだ。ちょっと実験で魔力を使いすぎたからかな? きっと」
「……怪しいですね。では質問を変えますね。おいしかったですか?」
「モチロン! トテモ ウマカターヨ」
おかしい。上手く言えない。ちょっとだけ片言になってしまう。
「ユーキ兄が寝ている間に、カップに残っていたスープを、一舐めしてみました」
「味見したのか?」
「はい。どうしても気になったので、今さっきしました」
「そうか……。逆に質問だ。味はどうった?」
イリッシュは俺から離れ、ベッドに座る。
真剣な眼差しで俺を真っ直ぐに見ている。
すると、深々と頭を下げる。
「ごめんなさい! 意識が飛ぶかもしれない位のひどい味でした!」
「そうか。イリッシュのお腹や口は大丈夫か?」
「私は大丈夫です。先に味見すればよかった……。本当にごめんなさい」
イリッシュはまだ頭を下げたままだ。俺は立ち上がり、イリッシィの隣に座る。
そっと、イリッシュの両肩にてをかけ、イリッシュの頭を起こす。
俺は真剣な眼差しでイリッシィの瞳を見つめる。
「謝るなよ。俺の為に作ってくれたんだろ? ありがとう。味はともかく、嬉しいよ」
そのままイリッシュを抱きしめる。
イリッシュも両手を俺の腰に回し、互いに抱きしめあうようになる。
「ごめんなさい。もっと上手になるよう、練習たくさんしますね」
「練習したら上手くなるんだ。これからどんどん、おいしくなっていくんだよ。楽しみでしょうがないな」
イリッシュの顔に笑顔が少し戻る。本気で練習してもらわないと『殺人事件! 犯人は暗黒物質だ!』とかになってしまう。今回、事前に分かって良かったじゃないか。
もし、普通にみんなで食べていたら、大変なことになっている。
イリッシュの頭をなでなでしてあげ、俺はベッドから立ち上がる。
「ご馳走様。ありがとう、うまかったよ」
俺は笑顔でイリッシュに伝える。
「今度はもっとおいしい食事作りますね。ごめんなさい」
イリッシュも笑顔で答えてくれる。
「頑張ろうな。味見は付き合うからな! 俺に言うんだぞ!」
「はい。味見はユーキ兄にお任せします!」
「さて、俺は後少しだけ実験するが、イリッシュはどうする?」
少しだけ沈黙の時間が流れる。
ん? 何を考えている?
「少しだけ、実験を見ていていいですか?」
「良いけど、少しだけな。早く寝ないと成長しないぞ」
イリッシュは両手で胸を覆う。
「ユーキ兄はどこを見ているんですか?」
「いやいや、そうじゃない。そうかもしれないが、身長だよ、背丈だよ」
イリッシュはジト目で俺を見てくる。
ジト目のイリッシュも可愛いな。じーっと見つめてしまう。
ちょっとだけ、イリッシュの顔が赤くなる。
あ、そっぽを向いてしまった。
「机で実験しているから、気になったら見てもいいぞ。あと、眠くなったら部屋に戻るんだぞ」
俺は机に向かい、実験を続ける。
さっきは試験管に入れた魔石に魔力を流し、紙を飛ばせた。
次の実験は複数の魔石でも同時にできるか? どのくらいの圧力をかけられるかだ。
試験管に魔石を数個入れる。今度は紙ではなく、自分の右手親指で蓋をする。
左手で試験管の中の魔石にゆっくりと少しだけ魔力を流す。
……この位でいいかな?
魔力を止める。
ポン!
俺の指が上にはじかれた。
なかなかの勢いだな。ほんのちょっとの魔力でこんな感じか。
複数同時に魔力を流しても問題はなさそうだな。
もう少し魔力を高めてみる。再度、指で蓋をする。反対の手で魔力を流す。
…………今度は少し長めの多めで。
右手親指に力をこめ、蓋が取れないようにする。
試験管、割れないよね? ちょっと不安になりながら、それなりの力で蓋をする。
魔力を止める。
ポヒューン!
「あうちっ!」
勢いよく指が弾かれる。思った以上にすごい力だった。
まぁ、予想通りの結果になったな。上手く作れるかな?
ふと、後ろを見る。
ベッドには横になって寝息を立てるイリッシュがいる。
今日はいろいろあって疲れたんだな。
さっきまで起きていたのに、たった数分で落ちている。
……。
どうしよう。
ん? デジャブか? このシーン、どこかであったよな?
イリッシュは、静かに寝息を立てている。
少しだけ着衣が乱れており、太ももが露わに。
おまけに、肩紐もずれており、健康的な肩甲骨も見えている。
あと少しで胸も見えそうな、見えなさそうな……。
『いいよー! やっちゃえ!』
『だめよ! 取り返しがつかなくなるわ!』
『またお前たちか』
『ちょりっす! 再度登場! おいらは悪勇樹。勇樹の悪の心さ』
『おいっす! やっと出番ね! 私は善勇樹。勇樹の善の心よ』
『はぁ……。帰れ。ゴーホームだ』
『せっかく登場したのに! 少しだけ話させろよ!』
『そうよ! 前回だってものすごく短かったわ!』
『いや、この状況。早く展開進めたいだろ? お前ら邪魔なんだよ』
『そ、そんな事無い! この善悪の葛藤、誰でもあるだろ!』
『そうよ! この善悪の葛藤シーン。 必要でしょ!』
『いいや。葛藤シーンより、お色気シーンが重要だ。わかったら帰れ』
『そ、そんな……。俺達はもう不要なのか?』
『悪勇樹! 頑張って! 体が消えかかっているわ!』
『俺達は、もう時代遅れなんだ……。必要ないのさ……』
『悪勇樹……。私達が消えても、次の善悪の代弁者がきっと現れるわ』
『時代が、時代が俺達を消すんだ。こが、れだけは忘れるな。俺は脚フェチだ……』
『悪勇樹……。あなたの事は忘れない。私も消えて来たわね』
『俺の心には善も悪もいる。心配するな。お前ら、俺の心なんだろ?』
『そうね。私達はいつも、勇樹の中に……。勇樹、いつでも正しい選択を』
『それはわからん。間違っていると知っていても、やらねばならぬ時がある』
『そう……。さよなら、勇樹と話ができて、良かった……』
『じゃあな。 本当にもう出てくるなよ! 絶対だぞ! 読者は待ってないからな!』
ふぅ。やっと帰ったか。
目の前にはやや乱れたイリッシュ。
ここには餓えた狼が一匹。
――さて、どうする?
一、抱っこして、自分のベッドまで送る。
二、毛布を掛けて、一緒に寝る。
三、毛布を掛けて、俺は部屋を出る。
四、毛布を掛けて、俺は机で寝る。
五、このまま寝込みを……
さぁ、どの選択が正しい?
正解した読者の皆様には豪華景品!イリッシュの尻尾ストラップを先着5名の方にプレゼント!
嘘です! プレゼントはありません!
回答、感想、コメント、ブクマなどお待ちしております!
よろしくお願いします。




