第083話 ~吐息と寝る前の儀式~
俺はルエルの部屋を覗く。おかしいな、もう寝ているはずなのに、ルエルはベッドにいない。
灯りをつけたまま、どこかに行ってしまったのか?
ルエルの部屋に入り部屋を見渡す。女の子らしい可愛い部屋だな。
ん? なんだいるじゃないか。ルエルはベッドではなく、机の方にいた。
しかし、ルエルは机にうつ伏せになったまま寝てしまっている。
よっぽど疲れているんだろう。
近寄って顔をまじまじと見てみる。
綺麗な金色の髪。長いまつ毛。ちょっととがった耳。白い肌。そして吐息。
やっぱりルエルは美人だな。寝ていても、少しよだれが出ていても絵になる。
――さて、このままでいいのか?
一、そのまま明かりを消して部屋を出る。
二、毛布を掛けてあげる。
三、ベッドに運んで布団をかけてあげる
四、このまま寝込みを……
俺はルエルを起こさないように椅子を少し引き、ルエルの膝の下に腕を入れる。
肩に手をかけ、うつ伏せの状態から顔を上げ、肩に手をかける。
俗にいうお姫様だっこだ。寝ている人を抱っこするのはいささか重いな。
ゆーっくりとベッドに移動し、ルエルを寝かせる。
ちょっとだけ着衣が乱れたので、直してあげる。
ドキドキドキ
お、起きないよね? ちょっとだけ触れてもいいかな?
ここで何もしなかったら、男じゃないよね?
ルエルの顔の目の前まで接近する。
ゴクリ
「お母さん……」
ルエルのからかすかに聞き取れた声。
そうだよな。ルエルだってまだ女の子。それをいままで一人でしてきたんだ。
俺がしっかりしなくてどうする! 俺のバカ! そして、ごめん!
もっとしっかりしないと。ルエルを幸せにしてやるんだ!
あ、そういう意味じゃないよ? お店を上手く経営して、儲けようねって事だよ?
結婚とか、恋人とかそんなんじゃないんだからね?
勘違いしないでよねっ!
ルエルに布団をかけ、部屋の明かりを消す。
部屋を出る時、ベッドの方を見ると寝息が聞こえる。
お休みルエル。また、明日もよろしくな。
ルエルの部屋を後に、実験室に向かう。
ん? 確かこの部屋はフィルの部屋だな。こっちも扉の隙間から光が漏れている。
まだ起きているのか?早く寝ろと言ったのに。
コンコン
「……誰?」
「勇樹だ」
「……。ちょっと待って」
「ああ」
中から何かゴソゴソ音がしてくる。
さらに、ガコンガコン、バタンバタン。な、何しているの?
「……どうぞ、入っても平気だよ」
ガチャ
フィルの部屋に入る。
まぁ、なんという事でしょう。
さっきまで小ざっぱりした部屋だったのに、この荒れよう。
机の上は紙で埋まり、床には工具が散乱。
ベッドの上には服が乱れており、事件後のような部屋になっている。
「フィル。いったい何があった?」
「……特に何も。掃除していたらこうなった。おかしい」
いやいや、掃除していたって。
どうみても散らかしてるじゃん!
「せ、整理しないのか?」
「……した結果がこうだ。すごいだろ?」
おかしい。フィルの言葉には嘘がある。
掃除や整理をして、ここまでなるか? 意図的にしたとしか思えない。
「フィル。このままだと寝れないぞ。俺も手伝うから整理しようか」
「……さすがユーキ。話の分かる男。助かる」
俺はフィルと一緒に整理していく。
散乱した紙をまとめ、工具をカテゴリごとに分けケースに入れる。
「なぜ工具まで出ているんだ?」
「……日課。毎日手入れしないとダメ。これ必須」
「そうか。明日からはお風呂の前にするんだな。せっかくきれいになったのにまた汚れるぞ」
「……明日からも一緒に入るのか?」
おっふ。痛い所をついてくるな。その話は封印したい。
「あ、明日からは別々に入るに決まっているだろ!」
「…残念」
フィルはかすかな声で話す。
「え? すまん、聞き取れなかった。何と言ったんだ?」
「……別々だな、と言った」
「そうだ。別々だ。フィルはルエル達と入ってもいいんだからな。遠慮するなよ」
「……わかった」
工具の整理も終わり、あとはベッドの上の服だけ。
「なぁ、なんで服まで散乱しているんだ?」
「……持ってきた服の確認。足りなくなったら家から取ってこないと」
シャツ、ズボン、ワンピースに下着類。
寝間着、ソックス、肌着に下着類。
まぁ、これだけあれば足りると思うんだが、女の子としては少ないのかしら?
「足りないのか?」
「……多分大丈夫。それより、下着をまじまじ見るのは良くない。ユーキは好きなのか? 下着」
……。
どう答えるのがベストだ?
嫌いだと答える。が、嘘になる。
好きだと答える。が、冷たい目で見られる。
良く穿いていますと答える。が、変態になる。
おかずですと答える。 答えられるか!
「……いや特に。好きでも嫌いでもない。誰でも穿くしな」
「……そうか。ボクの下着には興味がないのか。ちょっと残念だ。やっぱり可愛さが足りないのか?」
それは、下着の可愛さか? それともフィル自身の可愛さか?
答えようによっては自爆してしまうな……。
「フィルは可愛いよ。まぁ、男と間違った俺がいうのもあれなんだけどな」
「……具体的には、ボクのどこが可愛い?」
地雷を踏んだか?
「髪はサラサラ、瞳は大きく整った顔をしているし、全体的にスレンダーな体格だ。性格もさばさばしていて、俺は付き合いやすいぞ」
「……ユーキが可愛いというならそれでいい。でも、できればお風呂でしたような事は避けてほしい」
はい! 全力を尽くします!
「そうだな。悪かった」
「……したくなったら予め話して。急にされるとボクも困る」
そっちですか! その方向でいいんですか!
「あ、ああ。その時は話すようにする。さぁ、服も整理しないと寝れないぞ」
「……そうだね。タンスに入れないと」
俺が服を畳み、フィルがタンスに入れる。
畳む、渡す、入れる。
畳む、渡す、入れる。
畳む、渡す、入れる。
し、下着ってどう畳むんだ? 俺はぴろーんと手に持ち悩む。
こ、こうかな? 適当にくるくる丸めて、フィルに渡す。
「……ユーキ、これは違う。こう畳む」
フィルは丁寧に畳み方を教えてくれた。
フィルの頬は赤くなっている。
何が楽しくて自分の下着を初対面に近い男に見せ、しかも畳み方まで教えているのか。
普通に考えてみたらおかしいよね?
「す、すまない。次からそう畳むよ」
「……気にするな。逆に正しく畳めたらおかしい」
そんなもんか?
ベッドもきれいになり、部屋も片付いた。
「これで大丈夫か?」
「……大丈夫。助かった」
「さっきも言ったが、早く寝ろよ。明日も早いぞ」
「……わかった。もう寝る」
フィルはそう言うと俺に抱き着いてきた。
俺は頭をなでてやり、頬をさすってやる。
「なんだ? 家が恋しいのか?」
「……違う。寝る前の儀式」
フィルはぎゅーとしてくる。
「その儀式は家でもしているのか?」
「……もちろん。父さんと母さんにしてから寝る」
「これから毎日、するのか?」
「……もちろん。ユーキなら問題ない」
フィルに問題なくても俺にある! ルエル達に見られたらどうしよう!
毎晩ドキドキしないといけなくなるのか……。
でも、これはこれで悪くないかも!
「さ、もういいだろ。おやすみ」
「……ん。おやすみ」
フィルの部屋から出る。扉を閉めるとすぐに明かりが消える。
直ぐに寝ると言ったが、こんなに早く寝るとは。
さて、俺も実験室に行くか。
一人廊下を歩く。窓からは星の明かりが少しだけ差し込み、ただの廊下が幻想的に見える。
異世界の建物。異世界の星。異世界の住人に異世界の想い。
俺の想いはどこにあるのか?




