第080話 ~お姉さんと裏路地~
「ねぇ、こんな所で立ち話もなんだし、こっちへ来て」
黒ドレスのお姉さんは俺を誘っている。
ドレスのスカート部がスリットになっており、太ももがちらちら見えている。
「こっちってどこだ? 俺はこんな服装なんだが?」
俺はもう寝る前だったので、寝間着になっている。
こんな格好でどこかに出かけるのはちょっと避けたい。
「別にどこかに行くわけではないわ。人目のつかない、裏路地に行きましょう」
お姉さんは振り返り、フェアリーグリーンと隣の店の間にある細い道へと入っていく。
これは何かの罠か? とれとも期待してもいいことがあるのか?
少しは警戒した方がいいな。
俺は懐に短剣がある事を確認し、お姉さんの後についていく。
裏路地に入った瞬間、お姉さんの先制攻撃をくらう。
俺は壁に背を付けられ、壁ドンされている。スリットから見える太ももが怪しく光って見える。
俺よりも少しだけ背の低いお姉さんが、上目づかいで俺に迫ってくる。
鼻と鼻が後数ミリで触れる超至近距離だ。
お姉さんは右耳にかかっている髪を指でかきあげる。
右耳には恐らく魔石の付いたイヤリングがついている。
「お願い。この右耳の、あなたに取って欲しいの」
何が言いたいんだ? 右耳のイヤリングを取ってほしい?
「取ればいいのか?」
「早く。お願い。もう限界なの」
頬を赤くし、お姉さんは俺に訴えている。
そんなにイヤリングを取ってほしいのか? と、言うか自分で取ればいいのでは?
「取るぞ」
俺は一言話すと、お姉さんの右耳についている、イヤリングを取る。
「それ、本気でしてるの?」
お姉さんは、ちょっと呆れた顔で俺に話してくる。
「本気とは?」
「まぁいいわ。こっちだったら、わかるわよね?」
お姉さんは目とを閉じ、顎を少し上げる。
「……お願い。早くして。苦しいの。我慢できないのよ」
ドックン、ドックン……。
思い出せない。この人は誰だ? 俺に何を求めている。
目の前には両目を閉じたお姉さん。どう見てもチューしていいよって事ですよね?
これは、誰がどう見ても、オッケー! って事ですよね?
俺はゆっくりと顔を近づける。後数ミリ……。
鼻と鼻が少しだけ触れる。
――その時! お姉さんの目が開く!
「何してるの? 何でキスしようとしてるの?」
俺はちょっとドキドキしながら答える。
「違うのか?」
なんか恥ずかしくなってきた。違ったのかな?
「もしかして、私の事まだわからないの?」
正直に話すか。まったくわからない。
「すまん。思い出せない。俺はあなたにあった事があるのか?」
お姉さんは呆れた顔で、俺から数歩距離を取る。
「まさか、本当にわからないなんて。とりあえず、イヤリング返して」
お姉さんは俺から返されたイヤリングをもう一度同じ場所に付け直す。
「どこかで会ったか?」
「呆れた。私の顔、本当に見覚えないの?」
思い出せない。この世界に来て、ルエル達以外はギルドの人くらいしかわからないぞ?
俺と関わりがあったお姉さん。うーーん、本気でわからない。
「こうすればわかるかしら?」
お姉さんは黒のスカートの裾を手に取り、少し持ち上げる
鼻から半分隠し、口は見えなくなった。
……。
何て事だ! 思い出してしまった!
こいつ、娼婦ギルドでもめた女だ。揉んでないけど、もめた女には関わりたくない。
「急用ができた。俺は帰る。二度と会うことはないだろう。帰り気を付けてな」
俺がダッシュでその場を離れようとすると、女は両手でがっちりと俺の肩をつかむ。
何この力。振りほどけないんですけど。
「お願い。逃げないで。せめて話だけでも聞いて」
つかまれた肩にどんどん力を込められ、次第に痛くなってくる。
「い、痛い……」
「話。聞いてくれるわよね?」
「聞かないと言ったら?」
真顔で言ってみる。
「痛たたたたたっ! そ、そんなに力を入れるな! 聞く、聞きます。聞かせてください!」
「良かったわ。聞いてくれなかったら握りつぶすところだったのよ?」
笑顔でそんな事言われてもな……。
「で、話って何だ?」
「さっきも話したんだけど、右耳と鼻。どうしても取れないの。あなたのせいよ。早くとって」
「お前が悪いんだろ? 自分で何とかしろよ」
俺は殺されるところだった。何とかその場は収まったが、もめ事は避けたい。
「しょうがないでしょ。あの時は仕事ですもの。今はプライベートよ。お願い、一回だけ何でも言う事聞いてあげるから」
ぴこーん。ほぅ、言いましたね。今『何でも』とおっしゃいましたね?
聞きましたか皆さん。この女性の方は、なんでも言う事、聞いてくれるそうですよ。
「しょうがないな。今回だけ特別だぞ。取ってやるからこっちに来てくれ」
俺は右耳の奥と鼻の奥に入れてきた鉄の塊を取るのに、女の頬に両手を添える。
取ると言っても魔力で作った鉄の塊だから、俺が魔力流せばすぐに消えるんだけどね。
「取れたぞ。どうだ?」
女はこれでもか! というくらい鼻で呼吸をしている。
「良かった。これで息ができるし、匂いもわかる。耳も聞こえるわ」
女はほっとした感じで俺を見ている。
「これでいいのか?」
「大丈夫よ。助かったわ。あなたをこの街で見つけることができて、本当に良かった」
「それは良かったな。あと、俺の名前は勇樹だ。忘れてもいいけどな」
「ユウキ。忘れないわよ。あなたの事はユウって呼ばせてね。私はサーニア。忘れないで」
サーニアは微笑みながら俺に話しかける。
さっきまでナイフ持って俺と戦闘していた人物と本当に同じなのか疑ってしまう。
初めて会った時のあの態度。もしかして二重人格か?
「用件は終わったな。俺は帰る。じゃあぁな」
用件は終わった。サーニアの目的も果たせた。
何だかすっごく疲れた。帰ろう。そして、寝よう。
「まだ話は終わってないわ」
サーニアは再び俺の肩をつかむ。
何この子。帰してくれないんですけど!
「まだ何かあるのか?」
サーニアは俺を見ながら半泣きになる。
お前、そんなキャラじゃないだろ! と、突っ込むかどうか悩んでしまう。
「ユウのせいで仕事が首になったの。責任とって」
……。
それは俺のせいか? 俺が悪いのか? ここでも突っ込むかどうか悩んでしまう。
「首になった?」
「そうよ。ユウを殺せ無かったから、娼婦ギルドの用心棒、首になってしまったの!」
さ、さらっと怖いこと言うな。天然か?
「俺にどうしろと?」
「何とかして」
何とかって……。
俺が何とかしないといけないのか?
どうしましょう……。




