第079話 ~短剣と勇者~
――にゅるん
え? にゅるん?
なんだこれは。ゼリーの中に手を入れた感じだ。しかし、どこかで味わったような違和感を覚える。なんだ、この違和感。なんだっけ……。
……思い出した。異世界に飛ばされたときに味わった、あの感じだ。
心臓が少し痛い。チクチクする。
ゼリーっぽいバックの中に右手を入れていく。肩までバックの中に入ったら、壁みたいな何かに当たった。
ん? なんだこれ? 右の方も、左の方も何かの壁みたいなものに当たる。
あ、何かあった。取り出してみると一つの袋だった。早速袋を開けてみる。
中には手紙が一枚。短剣が一本。過去の過ちを二度起こさないように手紙を開けることにする。
「モーリ。手紙を読んでみていいか?」
「はい。大丈夫ですよ」
ここで再度登場、翻訳メガネー。
――命の恩人殿。無事に集落に戻る事が出来た。感謝する。
集落は早々に場所を移動することにした。もっとも人間の少ない所に。
恐らく、二度命の恩人殿に会うこともできぬだろう。
最後に、集落で使っていたバックと短剣を感謝のしるしに贈る。
――マジックショルダー
中は異空間になっている。中にはそこまで大きいものは入らない。
中に壁があるのでその壁までが使える容量。また、異空間でも時間停止はしないので注意されたし。
容量無制限、時間停止するバックなど、夢のまた夢である。
――切り裂きの短剣
人、動物含め、生物に一切傷をつける事ができない短剣。
しかし、生物を傷つける以外であれば綺麗に切り裂くことができる。
使い方は命の恩人殿次第。
「……。モーリ、読み終わった。これは長からなんだな?」
「間違いない。長から」
すっごく微妙な気分だ。なんか中途半端なアイテムを渡された気分。俺が思っていたバックはこの世界には無いのかもしれない……。
あと、この短剣。一体何に使えばいいの? 護身用にもならない。調理にでも使うか……。
とりあえず、バックはテーブルに置いておき、短剣だけ装備しておくか。
「確かに受け取った。モーリも集落に帰るのか?」
「このあと集落に戻る。今までの集落より遠いが、安全」
「そうか。みんな仲良く暮らせるといいのにな」
「それは無理。人間は無制限に貪欲。満足を知らない。いつか破滅するはず」
反論はできないな。元の世界でも同じようなことが起きているし、この世界でも起きないとは言えないし。
「直ぐに戻るのか?」
「早い方がいい。この後すぐに出発する」
「そうか。何か俺にできることはないか?」
「この世界を平和に。誰もが安心して暮らせる世界に」
壮大ですね! お願いがでかすぎます! 俺には無理です!
「本気か?」
「本気と書いてマジと読む」
確かにモーリの目は真剣だ。まっすぐに俺の目を見ている。
「どこで教わったそんな言葉」
「この言葉、今集落で流行中」
「俺は世界を救う前に、借金返さないといけないんでな、世界を救うのは勇者にでも頼んでくれ」
自分の事でも精一杯なのに、この子ったら。いったい何を言っているのかしら?まったくもうぅ。
「そのうちわかる」
意味不明な言葉を残し。モーリは席を立つ。
言葉も交わさず、そのまま店の入り口に向かい、歩いていく。
俺も、一緒に扉へ歩いて行き、二人で店の外に出る。
「本当に俺ができる事、何もないのか?」
「さっき言った。用件は終わった。帰る」
「気を付けてな。何かあったら、声かけてくれ。俺にできる範囲で力になるからさ」
「わかった。長に伝えておく」
モーリはフードを被り走って去って行く。
行き先は移動した集落。きっと、丸一日以上歩くのだろう。
もしかしたら街の外に馬とかいるのかもしれない。そうしたら、もっともっと遠くになるんだな。
俺には世界を救えない。近くの人を守る事でも精一杯なんだ。
モーリを見送り、夜の街を眺める。
明かりがぼんやりと輝いている。空には満点の星空。通りには人が少しだけ歩いている。
心地よい夜の風が吹き、俺の心を洗てくれるような気がする。
そろそろ店に戻るか。店の扉を開けようとした時、俺に声をかけてくる人がいる、
「ちょっといいかしら?」
黒目、髪黒のロングストレート。やや薄い生地の黒ロングドレス。
綺麗な顔をした、女性が目の前に立っている。年は俺よりも少し上かな?
娼婦ではなさそうだが、胸の強調が半端ない。
はて? どちら様? 俺の知り合いではないな。
「どちら様でしょうか?」
「あら、私の事忘れてしまったの? あんなに激しく互いを求めたのに……」
良く考えろ。俺はこの世界に来て、誰かとナニかしたか?
記憶よ、俺の記憶よ! 思い出してくれ! このお姉さんの事、覚えてないのか!
思い出せない! 誰だっけこの美人なお姉さんは。男、勇樹一生の不覚!
「そうだね。互いに求め合ったね……」
話を合わせて、情報貰って、思い出そう!
話をしている間にきっと思い出すよ!




