第077話 ~ナイフとフォーク~
――――ガタン!
「な、なんだ? 何の音だ?」
階段の方を見るとフィルがこっちを見ている。
「……ごめんなさい。邪魔した。今のは聞かなかったことにする」
「フィル? 今のって何かしら? それに眠れないの?」
フィルの顔は赤くなっている。どうしたのだろうか?
具合でも悪くしたのか?
「フィル。具合でも悪いのか? 顔がものすごい赤いぞ」
「……そ、そんな事無い。これが普通」
「そうか。ならいいんだが」
「フィルも少しお話しする? 眠れないのでしょ?」
「……ボクがいたら二人の邪魔」
「何故かしら? ほら、こっちにいらっしゃい」
フィルはゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
フィルも女の子らしく、薄緑色のワンピースを着ている。
こうしてみると女の子なんだよね。何で間違ったんだろうか?
フィルはルエルの前の椅子に座る。
「……ボクがここに居ても平気?」
「大丈夫だ。何をそんなに心配している?」
相変わらずフィルの頬は赤く、なぜか動揺しているように見える。
具合は悪くないと言っていた。何かあったのか?
「ルエル、髪乾かすぞ」
「いいわよ早めに終わらせてね」
ルエルの髪をコームで乾かす。このコームの名前はフェアリーコーム。
この店の文字を貰った。オリジナル商品や流通させる商品には全てフェアリーの名前を入れていく。
いずれフェアリーという知名度、ブランド力をつけておけばきっと儲けられるはずだ。
俺はコームを使いルエルの髪をとかす。
「さっきはすまなかったな、濡らしてしまって」
「しかたないわ。あれは事故ですもの。でも、初めてのエンチャントで上手くできるのはすごいわね」
フィルの頭の上に『?』が浮かんでいるように見える。
「……さっき濡れたと言っていたのはルーの髪の事?」
「そうだ。さっき実験中にちょっと事故があって、ルエルの髪を濡らしてしまった」
「フィル、聞いて。ユーキは魔力で作った物質にエンチャントできたのよ。すごくない?」
「……ユーキ。きっと才能ある。うらやましい」
「だろ! 俺きっと才能あるんだよ」
ルエルの髪をとかしながら俺も話に混ざる。
「フィルは何を作るのが得意なんだ?」
「……ナイフ」
「ナイフが得意なのか。そうだ、今度俺に食事用のナイフとフォーク作ってくれないか?」
ルエルとフィルは固まる。
あれ? 俺、変な事言ったかな?
「フィル、ごめんなさい。私のせいね」
ルエルは泣きそうな表情でフィルに話しかける
「……ルーは悪くない。この先はボクとユーキの問題」
フィルは冷静さを保とうとしているが、目が泳いでいる。相当動揺しているな。
「ごめんなさい。もっと早くに言っておくべきだったわ」
「……大丈夫、きっと何とかなる」
意味が分からない。俺だけ会話に入っていけない。
「二人とも、説明してもらっていいか?」
俺は髪をとかしながら二人に聞く。
「ユーキ。フィルはドワーフ族なの。知っているかしら?」
「ああ。ルエルから『ドワーフ族のボムおじさん』と、聞いたことがあるからな」
「……ドワーフの求婚。聞いたことは?」
「知らないな。プロポーズの事か?」
「ユーキは今、フィルに求婚したのよ」
オーマイガ! 何てことだ!
いったい俺が何を話したというのだ!
「……ユーキ。ボクにナイフとフォークを作って欲しいと言った。これはボクにずっと食事を作ってほしいという意味。すなわち求婚」
「そ、そんな事あるかぁ! ナイフとフォークで求婚? 普通の会話で出てくるだろ!」
「ユーキ。これはずっと昔からある、ドワーフの求婚方法なの。私がもっとしっかりしていれば……」
「……ルー。心配ない。私はまだ返事していない」
「だったら問題ないだろ?」
「……私が断ったら、ユーキは父さんと一戦しなければならない。ユーキが負けたら解除できる」
な、なんだと。あのボムおじさんと一戦やれと。無理っす。
その前に求婚したとは死んでも言えない。
言っても、言わなくても、このままでも死んでしまう気がするのは俺だけか?
「ルエル! どうしたらいい! このままだと俺、死んでしまう!」
「幸いフィルはまだ成人していないわ。答えることができるのは成人してから。まだ時間はあるわ」
「……ボクが成人したら答えないとダメ。ボク、ユーキに予約された」
助かった! 助かったのか?
「フィル、ユーキ。いい、この事は三人の秘密よ。ボムおじさんに知られたら大変なことになるわ」
「ど、どんなことが起きるんだ?」
「多分、家が破壊されるわ。木端微塵に」
「……40数える間に解体できる。父さんの仕事は早い」
三人はそれぞれ目を合わせ、ゴクリとつばを飲む。
俺はルエルの乾いた髪をなで、コームをテーブルに戻す。
ルエルの髪はサラサラできれいだね。まるで妖精みたいだ。
まぁ、妖精は見たこと無いけどね。
「ルエル、フィル。本当に申し訳ない。俺が原因で大問題を起こしてしまった」
「いいえ、説明しなかった私にも原因があるわ」
「……ユーキ。気にしないで。ボクは気にしない」
でも、フィルの頬は赤くなっている。まんざらでもなさそうだ。
「髪も乾いたし、そろそろベッドに行くわ」
「……ボクも戻る」
「俺もひと段落したら二階へ行く。明かりは消していけばいいか?」
「ええ、お願い。あまり無理しないようにね」
「……ユーキ。早く寝ないと成長しない」
「だったらフィルが早く寝るんだな」
「レポート、一冊持っていくわね、私も読んで何かヒントを探してみるわ」
「すまないな。こんな時間に」
「おやすみ、ユーキ」
「……おやすみ」
二人とも二階へ行く。そういえばフィルはなんで降りてきたんだ?
俺に何か用事でもあったのかな? 明日の朝にでも聞いてみるか。
辺りもすっかりと静かになり、店には俺一人となる。
ルエル、イリッシュ、フィル。いったい俺はどうしたらいい?
愛。愛にだったら相談してもいいか?
元の世界に帰る方法も見つけたいが、この状況を打破する魔法も探してほしい。




