第074話 ~お姫様だっこと鼓動~
俺は脱衣所の扉を開ける。
そこにはなぜか愛がいた。壁を背中くっつけ、床に座っている。
愛はひどく動揺しているようで、目がうつろ。顔が真っ赤で口をパクパクさせている。
「愛。なぜこんな所にいる?」
「お、お兄ぃ。ご、ごめん。さっき店からお兄ぃの声が聞こえてきたから、何かあったと思って」
俺がルエルとイヤーフックで話をした時か?
「で、何故ここに?」
「店に行っても誰もいなかったから、こっちに来てみたの。そしたら……」
愛は半泣きになっている。
「はぁ…。まったく、ほらもう寝るぞ」
「ご、ごめんね。立聞きする気はなかったの。まさか、お兄ぃがルエルさんと……」
「何か勘違いしていないか? 俺はタライにお湯を入れてきただけだぞ」
愛の顔に少し笑顔が戻る。
「本当にそれだけ? 他に何もないの?」
愛は俺の方を見ながらぐいぐい迫ってくる。
「無い無い。愛が勘違いするようなことは全くない。心配するな」
「よ、良かった。もしそうだったら私どうしようかと……」
愛の目から一粒涙が流れる。
俺は涙を拭いてやり、頭をなでてやる。
「心配するな。大丈夫だ。俺は愛と一緒に帰るんだ。俺達家族だろ?」
「うん。ごめんね、変な事言っちゃって」
「さ、もう行くぞ」
俺は店の方に歩き出す。
「お兄ぃ!」
急に愛が俺に声をかけてきた。
「何だ急に? どうかしたか?」
「ごめん、立てない! 肩貸して! そして、二階に連れてって!」
「それは俺へのお願いごとにカウントしていいのか?」
「それと、これは別! お兄ぃのケチ!」
「しょうがないな。今回だけだぞ」
俺は愛の手を引っ張り立たせる。
肩を貸そうと思ったが気が変わった。
「ちょ! お兄ぃ、これは恥ずかしいよ!」
「黙ってろ。ほら、ベッドに行くぞ」
ひょいっと愛をお姫様だっこする。思ったよりも軽いんだな。女の子ってこんなもんか?
愛は見た目より体のラインが細く、女の子してるなって感じだ。
もっと、がっちりしていると思った、ふにふに柔らかい。
愛は両手で俺に抱き着きしっかりとホールドしている。
若干苦しいが、ここは我慢だ。しょうがない。
今ふと思ったが、お姫様だっこして妹に対して『ベッドに行くぞ』とか、アウトなセリフでは?
……。
まぁ、いいか。愛だし。多分愛も気にしていないだろう。
廊下の扉を出て、階段を上がる。軽い筋トレだな。
愛が寝ている部屋の前に到着する。
「お、お兄ぃ。ここでいいよ。あと自分で歩くから」
「せっかくだからベッドまで運んでやるよ」
俺は部屋の扉を開け、中に入る。
すると、部屋の中にはイリッシュがいた。
一緒に寝る予定だったから、まぁ当たり前だな。
イリッシュと目が合う。耳をピコピコ。尻尾をフリフリ。
ベッドの上でゴロゴロ転がっている。
そのせいで薄手のワンピースは半分はだけ、少しみだらな姿に。
「おいっす。イリッシュまだ起きていたのか?」
イリッシュの顔が徐々に赤くなっていく。
「ご、ごめんなさい! はしたない所見せてしまいました!」
「気にするな」
「お兄ぃ。何で部屋の扉ノックしないのさ?」
「忘れてた。すまん」
「わ、私お邪魔ですね! お二人でベット使いますよね? し、下に行ってます!」
イリッシュはあわててベッドから降りて、扉から出て行こうとする。
「ま、待てイリッシュ! 勘違いするな! 愛をただ連れてきただけだ!」
「そうだよイリッシュちゃん! お兄はすぐに出ていくから、大丈夫だよ!」
イリッシュの足が止まり、こちらを見る。
「ほ、本当ですか? 私に気を使わないでくださいね」
「使わん、使わん。俺はレポートを読みたいんだ。ほら愛、ベッドに下すぞ」
「うん、ごめんね。助かっちゃった」
俺は愛をベッドに下そうとする。愛は俺の首に手をかけたままだ。
あ、愛! 手を離さないと、倒れるぞ!
予想通り、俺は愛を覆いかぶさるようにベッドに倒れる。
愛もそのまま俺を受けとめ、二人でベッドに寝たようになる。
そして俺は愛の双子山に顔を突っ込んでしまった。
「わ、私ちょっと水飲んできます! しばらく帰ってきません!」
バタン!
力強く扉が閉まる音がした。
イリッシュが走って階段を下りていく音が聞こえる。
おーい。イリッシュー、戻ってこーい。
俺と愛はしばらく動かないまま、時間だけ過ぎていく。
先に動いたり話したら負けるような気がする。
グーパンか炎の拳か。布団のそばで炎は危ないな。
「お兄ぃ。私の鼓動聞こえる?」
おっと、意外だ。愛から普通のセリフが出てきた。
「あぁ、聞こえる。しっかり動いているな」
愛は仰向けに寝ており、天井を見ている。
俺は相変わらず、愛の双子山に顔を埋めたままだ。
「お兄ぃが目の前でいなくなったとき、私すごく怖かった。泣きそうだったんだよ」
「わかってる。愛は昔から泣き虫だったからな」
「でも、お兄ぃにまた会えて、一緒に話ができて本当に良かった」
「そうだな。俺も嬉しかったよ」
「私ね。もし、元の世界に帰れなくても、お兄ぃがいれば、このままこの世界にいてもいいよ」
「帰りたくないのか?」
「違うよ。帰れるならお兄ぃと一緒に帰りたい。帰れなくてもお兄ぃと一緒に居たい。この意味わかる?」
「わかるさ。俺達は家族だ。いつでも一緒だな」
愛はこっちをみてニヤニヤしている。
なんだ、さっきまで呆けていたのに。
「お兄ぃは相変わらずだね。やっぱお兄ぃはお兄ぃだね」
「意味が分からん。俺はもう行くぞ。そのまま寝てしまえ!」
「うん。あとでイリッシュちゃんに声かけてね」
「ああ、戻るように伝えておく」
俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。
すると愛が後ろから抱き着いてきた。
「お兄ぃ。もう、私一人にしないでね。絶対だよ……」
愛の声が少しかすれている。泣いているのか?
「ああ、大丈夫。心配しるな。愛を一人にはさせない。約束だ」
「うん。その言葉信じるよ。ありがとう、お兄ぃ」
「これが愛のお願いごとでいいのか?」
俺は意地悪で言ってみる。
「いいよ。私のお願い事。お兄ぃとずっと一緒に居たい。約束、守ってね」
おっと、こんな簡単な事でいいのか?
魔法の実験台とか、模擬戦の相手とか、結構色々と考えていたのに。
「ああ、約束だ。ずっと一緒だな」
愛は俺から手を離しベッドに戻っていく。
「じゃぁな、おやすみ」
「うん。おやすみ。お兄ぃ、ありがとう」
俺は扉を開け、外に出る。俺の鼓動も少し早いな。ドキドキしている。
階段を下りていき、イリッシュを探す。
おかしいな? どこにもいない? どこにいった?
「イリッシュー? いないのか? おーい、どこにいる?」




