第073話 ~成長日記とタオル一枚~
俺は一ページ目を開いてみる。
――もうすぐ子供は生まれる。男か女か。どっちでも可愛いに違いない。
――長女が生まれた。今日からこの日記を書いていこうと思う。
しかし、なんと可愛いのだろう。これから毎日楽しみだ。
――ルエルと名前を決めた。
母親のエレナ。父親のルーベルト。二人から一文字ずつとる。
――今日も一日寝ている。寝る、泣く、ミルク。
赤ちゃんはかわいいね。
俺はぱらぱらとページをめくりながら流し読みをする。ルエルが生まれた時の日記か。ちょっとドキドキする。女友達のアルバムを見ている気分だ。
――抱っこすると首が回る。あっちを見たり、こっちを見たり。
笑顔がとてつもなく可愛い。
――一人で寝返りができるようになった。
コロコロ転がっていく。近くで見ていないと危なっかしい。
――最近「とー」とか「かー」など言葉を発するようになった。
――立った!ルエルが立った!
――最近のお気に入り髪留めを無くしたみたいで落ち込んでいる。みつかるといいな。
――今日はボムが来た。ルエルもなついているようで良かった。
ボムにも子供ができたんだって。ルエルと友達になれるかな?
――護身術としてナイフの使い方をルエルに教える。
想ったより筋がいい。上達が楽しみだ。
――魔法の適性は風のようだな。
初級ならすぐに覚えられそうだ。今度ギルドに連れて行こう。
――最近一緒に母親と店頭に出ることが多くなった。
少し愛想がないが、そのうち慣れるだろう。
――ルエルの淹れる紅茶は母さんと同じくらいにうまい。
毎日飲む紅茶はルエルが入れてくれるようになった。
――一緒に買い物へ行くのも楽しいな。
好みの髪留めを見つけたみたいだ。合わせて服も買ってあげた。
――ルエル一人残して国に戻る事になってしまった。
ルエルも一緒に来てほしいが、そうもいかない。
――明日の早朝出発する。この日記も今日が最後だ。日記は自室に置いておこう。
これはルエルの思い出の一品になるだろう。もしかしたら二度と昔の事を話すことができないかもしれないのだから。
ルエルの父は真面目だな。ほとんど毎日何かしら書いている。ルエルはこの日記の事を知っているのだろうか?
最後の一文が気になる。『二度と話すことができない』。どういう意味だ?
ルエルの父親は、国に戻る理由を知っているはず。でも、ルエルには話せない。だから一緒に国に帰らない。
きな臭いな。なにか事件のにおいがするぜ!
行くぜハチ!
ガッテンだ! 親分!
一人悶々と妄想しながら考える。
ルエルの父については、また今度考えよう。今は異空間転移魔法についてのレポートが見たい。
俺は『ルエルの成長日記』を戻し、次の一冊を手にする。
次の一冊は実験レポートだよね?一ページ目を開こうと思った。
その時、奥の扉が開く。
少女三人が洗面から戻ってきた。
「お兄ぃ、何かわかった?」
「いや、まだ何も」
「ユーキ兄も無理しないように、早めに休んでくださいね」
「ああ、わかった」
「…ユーキ。早寝すると大きくなれる」
「だったら三人とも早く寝るんだな」
ちっこい三人はまだ成長期。早く寝るに越したことはない。
「お兄ぃ、おやすみ! 先に寝るね」
「…また明日」
「ユーキ兄。おやすみなさい」
少女三人は二階へあがっていく。薄目のワンピース型寝間着ヒラヒラしている。
ワンピースってみんなよく着ているが、着心地がいいのだろうか?
「ああ、おやすみ。愛、あまり騒ぐなよ」
「大丈夫だって。今日は早く寝るよ」
さて、やっとこれでレポートが読めるな。
『ユーキ。聞こえますか?』
イヤーフックからルエルの声が聞こえる。今度はルエルだ。何かあったのかな?
『どうした? 何かあったのか?』
『三人はもう寝たかしら?』
『ああ、今二階へあがっていたぞ』
『そう。ちょっとこっちに来てもらえるかしら?』
『わかった。今行く』
俺はレポートを元に戻し、廊下の先に行く。
コンコン
「ルエルいるか? 入るぞ」
今度はりっかりとノックして、声をかける。二回目は失敗しない。これ重要。
「入っても大丈夫よ」
ギィィィ
俺は脱衣所に入る。そこにはルエルが立っている。
正確には胸の上あたりから足の付け根位まで、大きいタオルを巻いている。
首から肩のラインが美しい。しかし、ルエルの足は長いな! うらやましいくらいだ。
そして、ナイスバディ。女神はここに居たのか。
「急に呼んでしまってごめんなさい。どうしても今、話したいことがあって」
「別に後でもいいだろ? そんな格好で呼ばれても、俺が困る」
さっきの件もあり、いささか心が揺れてしまう。密室に二人っきり。
一人は半裸の美少女。方や優柔不断のナイスガイ。
「三人はもう寝たのよね?」
「ああ。さっきも言ったが三人とも二階へあがっていたぞ」
「だったら、少し声を出しても問題ないわね」
ルエル。いったい何を考えている?
「今、ここじゃないとその話はできないのか?」
「ええ。今、この場所、この時しかできないわ」
ルエルは真剣な眼差しだ。俺は真剣にルエルの話を聞き、答えなければならない。
「で、話ってなんだ?」
「ユーキに、い、入れてほしいの」
はい? ルエルさん。今なんとおっしゃいましたか?
「すまん。聞き間違ったかもしれん。もう一度言ってもらっていいか?」
今度は聞き間違えが無いように、しっかりと聞く。
「な、何度も言わせないで。三回目は無いわよ」
「わかった。今度は聞き逃さない」
「ユーキの熱いの、入れてほしいの。今すぐに」
ドキドキドキ
心拍数が上がる。いまだかつてない位、心臓がバクバクしている。
口から心臓が飛び出て、空の彼方に飛んで行ってしまう!
今何か言葉を発したら奇声を上げてしまいそうだ。
まずは落ち着こう。状況確認だ。
三人は二階へ行って、恐らくもう寝ているだろう。
ここは密室。鍵はないが扉は閉まっている。
目の前にはタオル一枚で頬を赤くしている美少女。
そして、彼女いない歴十八年の俺がいる。
これは神のお告げか?
あ! 善悪の勇樹は出てこなくていいからな! 先に言っておくぞ!
お前らがいると話がややこしくなるからな!
『っち。今回は出番なしかよ!』
『残念!せっかくスタンバイしていたのに!』
『だから帰れ、もういい。俺は忙しいんだ』
俺は自分の心に打ち勝ち、ルエルの瞳を覗く。
ルエルは動揺していない。本気の目だ。
俺はルエルに答えなければならない。
男の中の男、木下勇樹。
ここは行くしかない!
いざ尋常に勝負!
「わかった。今、この場所で入れればいいんだな」
「ごめんなさいね、せっかくレポート読んでいたのに」
「大丈夫だ。まだ後でも読める。ルエルとの時間は今しかないならな」
「じゃぁ、早速で悪いんだけど、入れてくれるかしら?」
ルエルは沐浴場に入っていく。
ルエルさん。脱衣所じゃなくて、中ですか?
「……ユーキ。……熱いの、入れて」
中に入るとほぼ空っぽのタライが目の前にある。
「ごめんなさい。お湯がほとんど空っぽなの。水でもいいかと思ったんだど、お湯お願いできるかしら」
「ダイジョーブ。イイヨ」
俺はルエルの期待に応え、タライにお湯を入れる。
やや熱めのお湯をタライに入れていく。
おーゆー。あっつめの、おーゆー。
もう慣れたから、サクサク出てくる おーゆー。
「不思議ね。ユーキは詠唱もなしでお湯が出せるなんて」
「慣れた」
わかっていたよ。お湯のことだって。
初めから知っていたよ。嘘じゃないよ。
タライにお湯が半分入った。
「ユーキ、その位でいいわ。ありがとう」
「俺は戻る。店でレポート呼んでいるから、また何かあったら呼んでくれ」
「わかったわ。ありがとう。すごく助かるわ」
俺が沐浴場から出て脱衣場に戻る時、ルエルのタオルがはらりと落ちる。
「あっ!」
ルエルはタオルをつかみ損なって、タオルを床に落としてしまう。
が、タオルの下はチューブトップのような服に、短パン。
「あら? ユーキは何か期待していたのかしら?」
「してません! 期待してないよ! 多分そんな事だと思ったし!」
「ふふ。今度ゆっくり見せてあげてもいいわよ?」
ルエルは微笑みながら俺を見る。
こんなたわいもない会話が楽しいのは、ルエルのおかげなのか?
「戻る。また後でな」
「ええ、また後でね」
俺は少しがっかりしながら店舗に戻る。
嘘です! ちょっとだけ期待してました!
でも、タオル一枚のときはドキドキしたね!
はぁ……。
さ、レポートの続きでも読もう……。




