第071話 ~ほっぺとオールクリア~
テーブルには俺とルエル、イリッシュの三人が残る。
これからの事を考えると色々と怖いな。
「ユーキは天然なの? もう少ししっかりしないと、大変なことになるわよ? 」
「そうだな。天然かはわからないが、もう少ししっかりしないとな」
ルエルとは誓い、イリッシュとは儀式、フィルはお互いにスッポンポンで風呂&モミモミ。
俺って、結構最低な男かもしれないな。早く収拾つけよう。
しかし、愛はなかなか戻ってこない。
「愛は遅いな。何をしているんだ? 」
「心配ね。見てくるらイリッシュと二人で少し待ってって。すぐに戻るわ」
「わかりました。逃げないようにしっかりと見張っています」
そう言う事ですか? 見張りなんですか? 俺は囚人ですか?
「俺は逃げない。見張らなくていい」
「ふふっ。イリッシュ、楽しそうね」
「そうですか? 」
「さっきから顔がニコニコしているわ」
「なんだ。イリッシュは俺を逮捕したいのか? 」
「逮捕? 良くわかりませんがしっかりと捕まえておきます! 」
「直ぐに戻るわね」
ルエルはカウンターの中にある階段を上がっていく。
イリッシュは俺の隣に籍を移し、俺に抱き着いてくる。
「イリッシュ。何をしている?」
「逃げないように、しっかりと捕まえています」
両手を俺の腰に巻きつけ、おでこを俺の胸に押し当ててくる。
はたから見たらカップルに見えるな。
こんな所見られたら…。考えただけで恐ろしい。
さっきは何とかナイフを躱せたが、あれは絶対に本気だった。
「えっと、イリッシュ。俺は逃げないから離れててもいいんだぞ? 」
「ダメです。みんなが来るまでギリギリまでこのままです」
なぜに! 俺は逃げないよ?
「もしかして、逃がさないというのは建前で、ただ抱き着きたいのか? 」
イリッシュの顔が赤くなる。尻尾も耳もピンとなっている。
当たりか?
「そ、そんなことはありません! これはそうじゃないんです! 違います! 」
あわてているな。図星だろう。
「イリッシュ。おいで」
イリッシュを膝の上に乗せ、向かい合う。
イリッシュに覆いかぶさるようにギュッと抱きしめてやる。
「不安なのか? 」
「ふ、不安です。両親の事も、家の事も、これからの事も。私、どうなっちゃうんでしょうか? 」
イリッシュは俺に訴える。
まだ十四歳の少女。不安な事も多いだろう。
「イリッシュ。心配するな。不安だったらルエルにも相談しな。俺はこの世界の事は詳しくない。ルエルは力になってくれるぞ」
「そうですね。ルエルさんはきっと相談に乗ってくれると思います。でも、甘えることができないです」
「イリッシュは甘えたいのか? だったろほら! 」
俺はイリッシュの頬と自分の頬をくっつけ、ぐりぐりする。
グリグリグリグリグリ…
「ユ、ユーキ兄。い、痛いです。ほっぺがつぶれてます」
「そら! これでもか! 」
さらに速さを増し、それなりの速度でほっぺをこすっていく。
ソイヤ! ソイヤ! ソイヤッ!
「ユ、ユーキ兄。痛いですよ」
イリッシュが俺の両方ほっぺをつねってくる。
「イリッフ。ヒタヒ。ハナヒテ」
「ユーキ兄。話している言葉がわかりません。翻訳されていないと思われます」
さらに力を入れてくるイリッシュ。
「痛い! 痛い! ごめん、もう離して! 切り傷も合わせて痛いんですぅ! 」
イリッシュはハッとする。イリッシュの手には少し血がついている。
さっきルエルに切られた? 切れられた? ナイフだ。
「ご、ごめんなさい。切れていたの忘れていました」
イリッシュは自分の手に着いた血をペロッとなめ、次に俺の頬に着いた傷を舐める。
ちょーー! 何しているんですか?
「イ、イリッシュ? 何を? 」
「あ…。ご、ごめんなさい」
イリッシュはすっかり赤くなってしまい、下を向いてしまった。
「き、気にするな。次から気を付けてくれよな」
「はい。十分気を付けます。もう少しだけ、ギュッとしてもらえませんか?あと、少しの時間でいいので」
「ああ。あと、少しだけな」
俺はイリッシュを抱きしめる。なんだかんだ言ってもまだ子供。不安だよな。
突然! なぜかイリッシュの姿が大人になる!
「イ、イリッシュ! 何してるんだ! こんな所で身体強化なんかするなよ! 」
大人になったイリッシュは、それはとても美しい少女になる。
まな板から双宝山へと変わり、スタイル抜群のナイスガールに。
「ユーキ兄もこの方がちょっとは嬉しいでしょ? 」
確かに! 確かに嬉しい! でも、だめです! ルエルに止められているでしょ!
「イリッシュ。元に戻るんだ。ルエルに言われているだろ? 」
「ユーキ兄はこの姿、お嫌いですか?」
「好きだ。でも、いつものイリッシュも好きだ」
イリッシュの頬が赤くなり、次第に元の姿に戻っていく。
「わ、私はユーキ兄にもっと好かれたいんです。どんな事でもユーキ兄の為だったら…」
「大丈夫だ。そんなことしなくても、イリッシュのこと好きだよ。背伸びするな」
イリッシュは一粒の涙を流す。
俺はその涙を指でぬぐう。
イリッシュはそのまま、目を閉じる。
これって、あれですか!
木下勇樹! 十八歳! 彼女いない歴十八年!
その黒い歴史に幕を下ろしていいですか!
いただいちゃっていいですかぁ!
『いいよー! やっちゃえ! 』
『だめよ! 取り返しがつかなくなるわ! 』
『あれ? 君たちさっきもいた? 』
『おいらは悪勇樹。勇樹の悪の心さ』
『私は善勇樹。勇樹の善のこころよ』
『なんでまた出てくるんだよ 』
『再度復活したぜ! 勇樹このままやっちゃえよ! 絶対後悔するぜ! 』
『もう二度と消えないわ! 勇樹は帰るのでしょ? イリッシュさんの事、よく考えて』
『俺は男だ! 腹が減ったら食べるだろ! 俺はペコペコなんだ! 』
『お前、さっきと同じだな。今回もあっさりだな。普通、二回目だしもっと考えるぞ』
『勇樹。もう少し考えたら?そんな二回連続即決っておかしいわよ? 』
『お前ら俺の心なんだろ? だったら初めか結果はわかっているよな? 』
『『まぁ、だいたいは……』』
『なら良し! オールクリアだ! 』
『良くない! 良く考えろ、ここは善の心が勝つところだろ! 』
『そうよ! 悪の心!もっと言ってやって! 』
『なんだよ、また二対一かよ。もういいから帰っていいぞ』
『まてまて! さっきと同じ流れじゃないか! ちょ! か、体が消える……』
『悪の心! 勇樹! また悪の心が消えてしまったわ! 』
『お前も帰っていいぞ。 あと、二度と出てこなくていいからな』
『勇樹、もう一度考えて。 あなたは願ったはずよ。みんなの幸せを』
『誓ったさ。そこに俺も含まれているからな!』
『勇樹、間違わないで、正しいことを!私が消えても、あなたの心にはきっと……』
『さて、善も悪もいなくなった! 』
店には俺とイリッシュの二人っきり。
目を閉じて、やや上を見上げている格好のイリッシュが俺の目の前にいる。
それでは いただきます!
俺が、イリッシュの両肩に手を乗せ、顔を近づける。
後、数ミリで唇と唇が触れる。
お父さん、お母さん行ってきます…。
イリッシュはちょっとふるえている。
俺の両手から伝わってくる。
怖いのかな?後戻りできなくなるよね?俺も、イリッシュも。
俺はイリッシュを両手で力強く抱きしめる。
「イリッシュはまだやることがあるだろ? ルエルを助けるんじゃなかったのか? 」
イリッシュはきょとんとしている。期待外れだろ。ごめんな、優柔不断で。
「そうです。私はルエ姉を助けるんです。でも、銀狼族の儀式終わっているので、キス位大丈夫ですよ? 」
「イリッシュは俺が思ているよりあっさりしてるな」
「ユーキ兄が変なところで子供なんですよ」
二人の目線が交差し、自然と笑顔になる。
階段を下りてくる音がする。
俺は光の速さでイリッシュを膝からおろし、隣に座らせる。
「あら、イリッシュはユーキの隣に座っていたのね。逃げなかったかしら? 」
「大丈夫です! ずっと捕まえていました! 」
「…ユーキ。逃走するのか? 」
「お兄ぃは逃げ足早そうだね」
今回もすごい言われよう。
「みんな揃ったし、話の続きをしましょうか? 」
おっふ。今度は四対一。まさに四面楚歌。




