第069話 ~大人の階段と善悪の心~
どういうことだ。この展開はなんだ?
ルエルは俺の正面に座っている。
まだ制服のままだ。なかなか似合っているじゃないか。おそろいの制服にして良かったなー。
しかし、今はそんな事が問題ではない。
ルエルはいったいどうしたんだ?さっきから言動が変だし、説教の後もナイフ飛んでこないし。
さっきから目が潤んでいるし、頬が赤いし。具合でも悪いのか? 熱でもあるのか?
「ルエル。自分が何を言っているか、わかっているのか? 」
「わかっているわよ。私はもう子供ではないもの。ユーキはまだ子供っぽいけどね」
俺は子供ではない!そこは断固反対だ。確かにちょっと童顔かもしれないが、男前なはず!
「なぁ、もしかして『エルフの誓い』を気にしているのか? 」
「気にしていないと言ったら嘘になるわね」
「俺も気にしないと言ったら嘘になるな」
「ユーキはこの後、どうするの? すぐに寝るの? 」
「調べたい事がある。ここか、実験室にいるさ」
「ユーキ。あまり私に心配かけさせないで、お願いよ」
「大丈夫だ。心配するな」
「さっき口を切っていたわね」
どっきーん。気が付いていたか。
さっきイリッシュに治してもらったが、その前に見られたか。
「ああ、ちょっと転んだ」
「嘘ね。本当は? 」
この人嫌い!なんで気が付く!
そう言えばさっきもイヤーフックで話した時に、同じように見抜かれたな。
もしかして、俺って結構わかりやすいのか?
まぁ、ちょっと濁して話をすればいいか。
「グーパンで殴られた」
「そう、結構強く殴られた感じね。で、誰に殴られたの?」
そんな突っ込みしないでよ!
ルエルはさっきまでの表情とは違い、真剣な眼差しになっている。
怖さがあり、冷たい目線が俺の心を突き刺している。
「あ、愛と喧嘩した時に殴られた」
「ユーキ。私は嘘が嫌いよ。アイはユーキを殴っても、そこまで強くしないわ。あの子は優しいもの」
少しルエルの目が優しくなる。まるで、家族を想うような目だ。
「ルエル相手に嘘はつけないな。アイとイリッシュには口止めしておいて、俺が話す事になるとはな」
「私は本当の事を知りたいの。家族を失うのは嫌よ」
一瞬、沈黙が訪れる。
外はまだ、若干人通りがあり、少しだけ声が聞こえてくる。
店の中は俺とルエルの二人。
お互いに話をしないと、ずいぶん静かなんだな。
「そうだな。俺も家族を失うのは絶対に嫌だな」
「本当の事を話して。お願い」
ルエルさん!そんな上目使いでこっちを見ないでください!
ドキドキしちゃいますぅ!
「ルエル。本当の事を話すから、普段通りにしてくれ」
「わかったわ」
再びルエルの表情は無くなり、目は冷たくなる。
この表情がデフォルトなんだな。さっきまでは作り物か。
でも、笑顔可愛いし、上目使いの時はドキドキするね。
女の子って怖いわ。
「ちょっとしたトラブルがあって、娼婦ギルドの勧誘員ともめた。殴られたが追い返した」
「アイとはぐれた時ね。他に怪我はない?アイとイリッシュは元気そうだったけど」
「ああ、大丈夫だ。他に怪我はない」
「良かった。ユーキに万が一何かあったら、私…… 」
ルエルは少し涙目になっている。
俺は片手を伸ばしルエルの頭をなでる。
「すまなかったな、心配かけて。大丈夫だ。心配するな」
「うん」
か、可愛いぞぉ!
この雰囲気、いい感じじゃないか!
金髪ロングで瞳はグリーン。そして、ナイスボイン。
性格はやや好戦的だが、家庭的なベッピンさんだよね。
ルエルと一緒になったら楽しい家庭を築けるかな!
って、ダメーー! 俺は自分の世界に帰るんだってば!
流されるな! ここで流されたら、帰ってこれ無くなるぞ!
元の世界ではレコーダーに予約しているし、新刊予約しているし、バイクのパーツも注文してる!
いいか! 迷うな! 目的を達成するんだ! 愛と帰るぞ!
ルエルが席を立ち、俺に近寄ってくる。
そして、俺の頭を両手で抱え込み抱きしめてくる。
ジーザス。なんてこったい。神の領域はこんな近くにあったのか!
「ありがとうユーキ。一緒にいてくれて。ありがとう」
ルエルの手はあったかい。普段の目線は冷たいが、心はいつでも温かいんだな。
俺は細い両腕で抱かれた状態のまま上を見上げる。
ルエルの頬に一筋の涙跡がある。
俺は立ち上がり、指先でルエルの流れた涙をぬぐう。
ルエルは俺を見上げ、目を閉じる。
これって、あれですか!
木下勇樹! 十八歳! 彼女いない歴十八年!
その歴史に幕を下ろしていいですか!
いただいちゃっていいですかぁ!
『いいよー! やっちゃえ! 』
『だめよ! 取り返しがつかなくなるわ! 』
『君たち誰? 』
『おいらは悪勇樹。勇樹の悪の心さ』
『私は善勇樹。勇樹の善のこころよ』
『何をもめているの? 』
『いいか! 勇樹このままやっちゃえよ! 引き返したら絶対後悔するぜ! 』
『だめよ! 勇樹は帰るのでしょ? ルエルさんの事考えて。離れてしまうのよ! 』
『俺は男だ! 腹が減ったらご飯を食べる! 俺はペコペコだ! 』
『お前、結構あっさりしてるな。普通、もっと考えるぞ』
『勇樹。もう少し考えたら?そんな即決っておかしいわよ? 』
『お前ら俺の心なんだろ? だったら初めか結果はわかっているよな? 』
『『まぁ、だいたいは……』』
『なら良し! オールグリーンだ! 』
『良くない! 良く考えろ、ここは善の心が勝つところだろ! 』
『そうよ! 悪の心!もっと言ってやって! 』
『なんだよ、二対一かよ。もういいから帰っていいぞ』
『まてまて! 選択を間違うな! 俺達はこの世界の住人じゃ! ちょ! か、体が消える……』
『悪の心ぉぉぉ! 勇樹、何てことを! 悪の心が消えてしまったわ』
『お前もそろそろ帰る時間だろ? 俺はこれから大人の階段を上がるんだ』
『勇樹、もう一度考えて。 あなたは願ったはずよ。みんなの幸せを』
『誓ったさ。そこに俺も含まれているからな!』
『勇樹、間違わないで、正しいことを!私が消えても、あなたの心にはきっと……』
『さて、善も悪もいなくなった! 』
店には俺とルエルの二人っきり。
目を閉じて、やや上を見上げている姿のルエルが俺の目の前にいる。
それでは いただきます!
ルエルの両肩に手を乗せ、顔を近づける。
後、数ミリで唇と唇が触れる。
お父さん、お母さん行ってきます…。
ルエルはちょっとふるえている。
俺の両手から伝わってくる。
怖いのかな?後戻りできなくなるよね?俺も、ルエルも。
俺はルエルを抱きしめ、両手で力強く抱きしめる。
「今はまだ答えが出ない。まずは、目的を果たそう。店も俺も借金返さないと安心してできないからな! 」
ルエルはきょとんとしている。期待外れだろ。ごめんな、優柔不断で。
「変なところで、気を使うのね。一度しているのだから、二回も三回も変わらないわよ? 」
「ルエルはあっさりしてるな。俺はそこまでクールになれない」
二人の目線が交差し、自然と笑顔になる。
「ただいまー!今戻ったよ!」
「いいお湯でした!今日もありがとうございます!」
俺は光の速さでルエルから離れ、自分の席に座る。
ルエルは立ったままだ。
「二人とも。お帰りなさい。さっぱりした?」
俺、このまま何事もなく元の世界に帰れるのかな…。




