第060話 ~重婚とリボン~
イリッシュが二階に行き、テーブルには俺とルエルの二人になった。
外は街灯も着き始め、夜になりつつある。
「ちょっと聞いてもいいか?」
「いいわよ。でも、その前に明かりをつけましょう」
ルエルは店の明かりをつける。
この雰囲気、結構好きだな。
「ユーキ。聞きたいことって何かしら?」
「魔物と魔石について聞きたい」
「私にわかる範囲で良ければ答えるわ」
「この世界は魔物を倒すと魔石が手に入るんだろ?」
「そうね。大きさや属性は違うけど、手に入るわ」
「仮に、知性があって、会話もできる魔物を倒したら魔石は手に入るのか?」
「手に入るわね」
「そうか。知性のある魔物を倒しても魔石は手に入るか。なぁ、魔物ってなんだ?」
「ダンジョンなどで濃い魔素を浴び、人々を襲うモンスターね」
「じゃぁ、濃い魔素を浴び、人々を襲わない場合は?」
「……。回答に困るわね。私の知る限り、濃い魔素を浴びた者はみんな魔物になると思うわ」
「曖昧だな。もしも、もしもだぞ。知性のある、人を襲わない魔物がいたとしたら一緒に暮らせるのか?」
「難しいと思うわ。恐らく、各国の問題になると思う。一個人でどうにかなる問題ではないわね」
「魔物から魔石を取らなくなって、この世界から魔石が少なくなったら大変か?」
「今の生活を維持するのも、武器防具、その他魔道具も全て魔石に頼っているわ。極端に少なくなったらこの世界の大問題になるわね」
「そうだよな。俺の世界でも電気や石油と言ったエネルギーがなくなったら大混乱だ」
「ユーキの世界では色々な力があるのね」
「力というか、科学かな?魔法は一切無いがな」
この世界にはきっと、共に過ごすことができる魔物がいるはず。
昨夜のゴブリンがいい例だ。
「何を考えているの?」
「いや、なんでもない。俺個人の問題だ」
「そう、何か悩みがあるなら話してもいいのよ」
「話せるようになったら、話すさ」
色々と考えてしまうな。この世界の住人では無い以上、あまり首を突っ込まない方がいいな。
まだ、その時ではない。
「話はちょっと変わるが、イリッシュの事でも聞きたいことがある」
「急に話が飛ぶわね」
「もし、逃げたゴブリンを捕まえて、イリッシュの所に引き渡せていたら、イリッシュは売られなかったと思うか?」
「何とも言えないわね。逃がした事には変わりはないけど、賠償額は変わったかもしれないわね」
「なぜイリッシュの親は帰ってこないんだろうな」
きっとゴブリンの件が絡んでいると思う。
みんなにはまだ話せないし。あぁ!もどかしい!
「被害が出ていないのに、帰ってこれないのは確かにおかしいわね」
「まだどうなるかわからないな。もう少し様子をみるか」
「そうね。まだ今日の事だし、明日になれば何か変わるかもしれないわね」
ルエルと二人で話すのも久々な気がする。
いつも愛やイリッシュがいてワイワイしていたからな。
ルエルと二人っきり。何となく、意識してしまうな。
「ユーキ。イリッシュの事で私も伝えておくことがあるわ」
「何だ?」
「イリッシュは銀狼の一族。むやみに尻尾を触ってはいけないの。特に男性は絶対に触らないでね」
ドキーーン!え?何この流れ。
きっとルエルはあの事を知っているな!
「なぜだ?何かあるのか?」
「詳しくは本人に聞かないとわからないけど、確か契の儀式があったと思うの」
「契の儀式?」
「男性が意中の女性に対して尻尾をなでる事だったと思う」
「そ、そうなんだ」
「ユーキがうっかり尻尾をなでてしまったら二人は将来結ばれてしまうので、十分に気を付けてね」
「もし、すでに撫でてしまっていたら?」
「本人が承諾しないと触れないので、大丈夫だと思うけど。ユーキの場合は重婚になるわね。私と」
「ソウデスカ」
「万が一にもないと思うけど、頭の隅にでも覚えておいて」
「はい。しっかりと記憶します。ちなみにこの世界は重婚できるのか?」
「できるわよ。ユーキの国ではできないの?」
「重婚は俺のいた世界でもほんの一部だけだな。ほとんどの国が重婚はできないようになっている」
「そうなの。ちなみに、兄妹でも結婚できるわよ」
ぬぁーにぃー!それはまずいだろ!色々と問題が出るんじゃないか?
「色々と問題があるのでは?」
「誰でもできるわけではなく、貴族や王族で血を絶やさないための施策ね。何世代かに一度しかできないことになっているわ」
凄いこと聞いちゃったな。
世界が変われば、ルールも変わる。自分の価値観も変わってしまう。この世界は危険だ!
そんな話をしながら、後半俺は心臓がドキドキしっぱなしだった。
階段を下ってくる音が聞こえてくる。
やっと降りてきたな。
「お待たせしました!やっと機嫌が直りました!」
「ごめんね。急にいなくなって。やっと落ち着いたよ」
イリッシュと愛が二階から降りてくる。
「愛、大丈夫か?」
「お兄ぃ。ごめんね、変な事しちゃって」
「問題ない。さっきはすまなかったな」
「こっちこそ、ごめん。お兄ぃは悪くないよ」
「良かったわね、仲直りできて」
「そうですね!これで安心しました!」
みんな揃ったな。
さっきルエルから聞いた話は俺の心のストッカーに入れておこう。
「みんな、そろそろ出かけようと思うのだけど、準備はいいかしら?」
「ルエル!俺この財布欲しい!買ってもいいか?3000ジェニで」
「いいわよ。従業員は半額ね」
おぉ!従業員割引あるのか!
「半額でいいのか?」
「いいわよ」
「じゃぁ、この翻訳の指輪も?」
「それは従業員になる前に販売されているので、適応外ね」
残念!このしっかり者!
「そ、そうか。じゃぁ、財布だけ買う」
俺は財布を手に持ち、巾着に入ったギルカと硬貨を入れる。
おぉ!しっくりくる!さすがマイデザイン!作成イリッシュ!
素晴らしい!!
この勢いでバックとかも作ってもらおうかな!
「どうですか?ユーキ兄。お財布の使い心地は」
「イリッシュ。最高だ。思ったよりずっといい!ありがとう!イリッシュに作ってもらって良かったよ」
俺はイリッシュの頭をなでなでする。
イリッシュも頬を赤くしながら少し微笑んでいる。
可愛いなー。でも、問題もあるんだよなー。
ちょっと離れたところから、愛の目線が突き刺さる。
「お兄ぃ。ずるい。私も何か欲しい!」
「そうだな、愛も何か欲しいものあるのか?」
「買ってくれるの?」
「金額にもよるがな」
「これがいい!」
愛は店に置いている赤の大きなリボンを手に取る。
「このリボンずっと気になってて。500ジェニだけどいい?」
「その値札から半額だな!250ジェニで!」
愛は早速リボンをつける。
愛はいつもポニテだな。まとめないと髪が腰まであるし、大変なのかな?
「可愛いですね!良く似合っていますよ」
「ありがとう、イリッシュちゃん」
二人はニコニコしながら話をしている。
「ルエルさん、私の準備はこれで終わり!いつもで出かけられるよ!」
「じゃぁ、そろそろ行きましょうか?」
店の明かりを消し、俺達はお向かいの店に向かう。
この世界に来て初めての武器防具の店に出陣だ!




