第058話 ~尻尾と儀式~
「ルエル、いつになったら出かけるんだ?」
「日が暮れてからよ。出かけるにはまだ少し時間があるわね」
「じゃぁ、それまでは各自自由行動でいいのか?」
「いいと思うわ。アイは私と一緒に洗濯ものを取り込みに行くわよ」
「そうだね!すっかり忘れてたよ!早く取り込まないと」
「私もお手伝いしますか?」
「イリッシュはいいわ。今日はいろいろあったし、少し休んでいたら?」
「ありがとうございます。少し休んでいますね」
ルエルと愛は二階に行く。イリッシュはその場に残って、ぼへーっとしている。
耳が垂れ、気を抜いているようだ。
今日一日いろいろあったし、疲れているだろう。
俺は何をしようか。
「イリッシュ。ちょっといいか?」
「はい。なんでしょうか?」
「イリッシュはなぜルエルを助けたいんだ?」
「話すと長くなりますが、そうですね。恩人だからでしょうか?」
「恩人?以前何かあったのか?」
「きっとルエ姉は忘れているかもしれませんが、私達は一度会っているんです」
「ルエルは忘れているのか?」
「多くの人がいましたから。でも、そんなことは問題ではなく、私はルエ姉の力になりたい。それだけです」
「ルエルはきっとイリッシュの力を必要としているはずだ。これからも助けてあげてくれ」
「はい!よろこんで!」
椅子からはみ出たイリッシュの尻尾は左右にブンブンしている。
モフモフしたいなー。ちょっとだけいいか、聞いてみようかな?
「イリッシュ。一つ頼みがあるんだが」
「何でしょうか?私にできる事であれば」
「しっぽ、触っていい?」
急にイリッシュの頬が赤くなる。
なんで赤くなるねん!
「……しっぽですか?」
「しっぽだ。モフモフしていて、気持ちよさそうなので。ちょっといいから!」
「わ、わかりました。私も覚悟を決めます。もともと奴隷として売られる身。助けていただいたこの身、捧げます!」
オーバーだな。そんな覚悟決めなくてもいいのに。
「イリッシュ。そんな覚悟なんて決めなくていいぞ。そうだ、せっかくだからブラッシングをしてあげよう!」
「ひゃい!ブラッシングですか?だ、大丈夫です!自分でできます!」
「そんな気を遣わなくてもいいぞ。隣に座っていいか?」
「は、はい。ど、どうぞ」
俺はイリッシュの隣に座り、尻尾を手に取る。
おぉぉ!柔らかい!なんてふさふさだ!
これは、気持ちがいいな!
「あ、あの、そんなに激しく、さ、触らないで、く、ださい」
「ちょっと撫でただけだぞ?どれどれ、ブラッシングをしよー」
俺は手に持ったブラシで尻尾をわっさわっさブラッシングする。
「はうぅ、ん、も、もう大丈夫です。ユーキ兄、も、もう平気です」
イリッシュはとろんとした目でこっちを見ている。
目も潤んでおり、頬も赤い。
「まだ半分も終わってないぞ。あと少しで終わるから」
あぁ、ふさふさいいなー。気持ちいがいいよー。
後で愛にも教えてやろう。きっと愛も喜ぶなー。
「ん、っん、ユーキ兄、そ、そろそろ、が、我慢が……」
イリッシュは両手で口をふさいでいる。
そんなに痛いのかな?
もう少し優しくしてみるか。
俺はさっきよりも、撫でるよにやさしーくブラシを通す。
「あっ!っん、ユーキ兄、わ、私、もう、だめです……」
よし、全体のブラッシング完了!
全体がさらにふわっとしたな!
「イリッシュ終わったぞー。さっきよりもふさふさだ!」
あれ?イリッシュが机に覆いかぶさって撃沈している。
「イリッシュどうした?痛かったのか?」
イリッシュは起き上がり、俺の方を見る。
顔は真っ赤で、目は潤み、顔を見る限り高揚している。
「ユ、ユーキ兄はブラッシング好きですか?」
「あぁ、好きだ!イリッシィの尻尾は特にふさふさで最高だな!」
イリッシュはそのまま俺に抱き着いてくる。
ほうぁぁぁ!!え?なに?どうしたの?
「ユーキ兄は銀狼族の儀式知っていますか?」
「いんや。まったく知らん。俺のいた世界では、獣人族はいなかったからな」
「そうですか。でしたら、この機会に一つお教えいたします」
なんかやな予感がする。
「銀狼族の女性は、生涯を共にする異性にしか、尻尾を触らせません。この意味わかりますか?」
「要は、お父さんと兄弟達は触り放題って事だな!」
イリッシュは抱き着いたまま力を込めてくる。
い、痛い!イリッシュ背骨折れるぅ!
「イ、イリッシュ。もう一度簡単に説明を」
「は、恥ずかしいのでこれで最後の説明ですよ」
「ああ、今度は理解するように努力する」
イリッシュは上目で俺の目を見ながら話してくる。
「私はユーキ兄と生涯を共にするのです。私はまだ成人していないのでもう少し先ですが、一緒になってもらえますか?」
「俺の妻になるって事?」
「一言だとそうですね」
イリッシュの顔が湯でタコのように赤い。
きっと相当緊張し、ドキドキしているのだろう。
抱き着いている俺にイリッシュの鼓動が伝わってきそうだ。
「イリッシュ。俺は元の世界に帰らなければならない。生涯を共にするのは難しくないか?」
「私も行きます!連れて行ってください!」
「あー、まず俺自身が帰れるかわからないんだ」
「帰れるようになったら、連れて行ってもらえますか?」
「今この場では返事はできないな?イリッシュだって家族がいるだろ?」
「私は、自分の道は自分で選びます。私が一緒にいるのは迷惑ですか?」
ズッキューーン!
男として言われたいセリフトップテンに入ってくるそのセリフ!
迷惑じゃないよ!いいんだけど、住む世界が違うんだ!
本当の意味で世界が違うんだよ!わかってほしい!
いやいや、違う違う。
ここは何とかきれいに納めないと……。
「イリッシュ。俺の目的は愛と一緒に帰る事だ。俺の事は忘れろ」
「嫌です!忘れません!だって、私はユーキ兄の事が!」
「ストップ!」
俺は人差し指でイリッシュの口を押える。
「まずは、ルエルを助けるのが先だ。イリッシュの目的でもあるだろ。まずは問題を解決させてからだ」
「わかりました。解決したときにはもう一度…」
「そうだな。その時に考えよう。まずは儲ける事だ!」
「はい!頑張って儲けます!」
うまく流した!
問題の先送り、二回目!
これって、結構問題増えてないか?
と、とりあえず借金返そう!
うん、そうしよう!
「お兄ぃ!ちょっと着てーー!ルエルさんが呼んでるー!」
「わかったー!今行くーー!」
「イリッシュはここで待っててくれ。すぐに戻る」
「わかりました。ちょっと縫い物してますね」
俺は、愛に呼ばれ二階に行く。
急に呼ばれたが、何かあったのか?
事件の、きな臭いにおいがずるぜ!




