第053話 ~火魔法と制服~
「やっぱりそうか。目的はなんだ?」
イリッシュは一歩一歩俺に近寄ってくる。
ゆっくりだ。両手には何も持っていない。手を広げ、俺を見ながら歩み寄ってくる。
そして、イリッシュは俺の目の前まできて、抱きついてくる。
頭を俺の胸に押し付けて、両手で俺の腰をギュッとする。
「私、ルエ姉を助けたいの。このままじゃこのお店なくなっちゃうから」
おっと、意外な展開。
てっきりルエルと敵対するかと思いきや、逆に助けたいと。
「ルエルの事、店の状況は知っているのか?」
「はい。昔から知っていました。そして今の状況も。ルエ姉を助けたいの。お願い、ユーキ兄もいっしょ」
俺はイリッシュが話し終わる前に声を出してしまう。
「大丈夫だ。俺も愛もいる。それにイリッシュもいるんだ。絶対大丈夫だろ?」
「はい。そうですね。大丈夫です」
イリッシュの目から涙が少しだけ流れる。
俺はイリッシュの流れた涙を指でぬぐい、手で拭いてやる。
「ごめんなさい。悪気はなかったんです」
「意図的にこの店に来れるように仕組んだのか?」
「意図的?どういうことですか?」
「イリッシュが売られた事や奴隷商人から俺が買った事とか」
「いえ、特に何もしていませんよ。奴隷商人に売られ、移動中に私は逃げて、あっさり捕まって、ユーキ兄に買われました」
あれ?意図的ではなく偶然なのか。
たまたまなのか?
「もし、あの場で俺がイリッシュを買わなかったら?」
「そのまま奴隷ギルドで販売されていると思いますよ」
「ルエルの店に来たのは偶然?」
「はい。偶然です。でもルエ姉の事は知っていますし、助けてあげたいです」
あぶね!セーフ!即決で購入して正解!グッジョブ俺。
そうか、たまたまか。
「そうか、この店に来れて良かったな」
「はい。良かったです」
「今度、時間があるときにでも、詳しく話を聞かせてもらえるか?」
「はい。ユーキ兄には話しておきたいことがあります」
イリッシュは俺に抱き着いて、上目遣いのまま俺を見てる。
いやん。可愛い。ケモ耳がピコピコしている。
しかし、イリッシュもなかなかの美人だな。
そんな目で見られていると、俺もドキドキしちゃうじゃないか。
顔、赤くなっていないかな?
「たっだいまーーー!今戻ったよ!お待たせ!」
「遅くなってごめんなさい。待ったでしょ?」
このタイミングで来るか!
「お兄ぃ!なんで抱き合ってるの!!」
「ユーキ、説明してもらえるわよね?」
愛がこっちに向かってくる。あ、右手に力を溜め始めた。
「イリッシュちゃん!ちょっとだけお兄ぃからはなれてね!」
「アイ姉!ちょっと待って!ユーキ兄は悪くないの!」
「イリッシュ。この状況では全てユーキが悪いの。イリッシュは心配しないで」
愛は軽くダッシュしながら俺につかずいてくる。
躱すか、避けるか、我慢して一発もらうか。
「お兄ぃ!覚悟!イリッシュちゃん直伝!火の魔法!『火炎拳』」
叫んだ愛の右手は炎に包まれる。あの状態で手は熱くないのであろうか?
っと、相変わらずストレートパンチのみだな。
「愛。その拳はすごいと思ったが、攻撃が単調だぞ」
思わず避けてしまった。だって熱そうなんですもの。
「避けるな!動かないでね!」
愛は俺のあごを狙ってくるが、俺は上半身のばねのみで躱す。
ルエルのナイフ捌きの方が早いね。愛は攻撃が単調だ。
「はぁはぁ、動かないでって言ったのに!」
「もういいだろ。何で愛は魔法使えるんだ?」
「さっき、ミシンを動かす時にイリッシュちゃんに魔法の基礎を習ったの。自分の属性魔法を練習したらこれができた!」
「まぁ、魔法はイメージらしいからな。でも、すごいな。その炎って自分は熱くないのか?」
「自分は大丈夫みたい。それで!なんで抱き着かれていたの!!」
「そうね。そこが重要ね」
どう説明したらいいのか。
ナイフで模擬戦やったら抱き着かれたと話すか?
「ルエ姉、さっき怖いお客さんが来て、ナイフを出されたんです。ユーキ兄が助けてくれて。お客さんは帰ったんだけど、私怖くてユーキ兄が慰めてくれたんです」
「え!ナイフ出されたの!イリッシュちゃん大丈夫だった?」
「そんなことがあったの。二人ともけがはない?」
「あぁ、問題ない。商品もしっかりと買ってもらったしな」
「そうか!じゃぁ、今回は大目に見てあげる!」
本当にイリッシュはハイスペックだな。
できないことって何もないんじゃないか??
「さて、みんな揃ったし仕事の話をしてもいいか?」
みんなでさっきまで座っていたテーブルに戻り、話を進める。
「仕入れ品が届いたので商品の入れ替えと、店のディスプレイ、カーテンの取り付けなどしていこうと思う」
「賛成!早くやろう!」
「カーテンはしっかりとできました。準備できています」
「検品も、在庫集計も終わってるわね」
「だが!その前に一つ皆に決定事項を伝える!」
「何かしら?」
「なんですか?」
「何が決まったの!」
「フェアリーグリーンの制服を決めた!これだ!!」
俺は袋から じゃじゃーーん と制服取り出し、皆に見せる。
今日からみんなこれを着てもらうぞ!




