第052話 ~クレーマーと目的~
男は右手で持ったナイフをイリッシュの斬りつけようとする。
イリッシュは相変わらず、相手を見たまま動いていない。
きっと身がすくんで動けないのだろう。
俺はすぐに扉をあけ、二人の間に入ろうとする。
が、イリッシュはすでに相手のナイフを左手で払いのけ、右手の手刀は相手ののどをとらえてる。
「っが!な、なんだお前!今のはいったい何をした!」
男は右手に持ったナイフと腰に戻し、左手をのどを抑えている。
今の速さはなんだ?一瞬イリッシュが消えたように見えた。
あの体捌き、素人とは思えない。
イリッシュは男に対して、にこにこしながら話しかける。
「いえ、特に何もしておりませんお客様。いかがいたしますか?お会計は三千ジェニでよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ。すまなかったな。代金はここにおいておくからな」
「はい!ありがとうございます。お話が通じて良かったです!またご来店ください!」
「もうこねーよ!」
カラン コローン
男はのどを押さえながら店を出ていく。
俺、いらない子なのか? 扉を勢いよく開けたが、セリフ一つなく終わってしまった。
この状態でイリッシュに声をかけるのは、非常に酷だ。
しかし、イリッシュはハイスペックすぎる。いったいなんだ?何か違和感を感じる。
「あ、お帰りなさい!また商品売れましたよ!」
「さっきナイフを払いのけただろ?」
「もしかして、見ていましたか?」
「男と口論になりそうなところから、帰るところまでしっかりとな」
「ばれちゃいましたね。そうです、私結構強いですよ。父から色々と仕込まれたので」
「イリッシュにできない事は無いのか?」
「まぁ、一通りなんでもできますよ。貴族の娘ですから」
「貴族の娘は戦い方も教わるものなのか?」
「その家によると思います。私の一族は戦闘能力が高い一族なので、当たり前ですがね」
急にイリッシュの目が冷たくなっている気がする。
さっきまでキラキラしていたような気がするが、今は冷酷な冷たい目。
人を普通に殺せるような、そんな目をしている。
「イリッシュ、今のその雰囲気が素の姿か?」
「素?さっきまでも、今も素ですよ。今は少しだけ殺気立っているだけです。気になさらずに」
「ちょっと、俺と模擬選してみないか?その状態で」
「今は仕事中ですよ、いいのですか?」
イリッシュは体を俺に向け、やる気満々になっている。
「少しだけな。ほら、そこに練習用のナイフがあるだろ。互いに一本持って、やろうぜ」
俺はイリッシュからナイフを受け取る。
「あまり本気でやらないでくださいね」
「いやいや、多少本気でいこうぜ。イリッシュ!」
俺はナイフを右手に持ち、イリッシュの懐に入る。
そのまま左から右に抜けるようにナイフを水平に流す!
「なかなか早いですが、私から見たら遅いですね」
イリッシュは右手に持ったナイフで、俺のナイフをはじき、そのまま左手で俺のあごにカウンターを仕掛けてくる。
速い!俺はギリギリ後ろに跳び、紙一重かわす。
その隙に俺はイリッシュの左側を狙い、再度ナイフで切りかかる。
「ですから、遅いですよ」
イリッシュは難なく躱し、右手に持ったナイフで俺の左肩を差してくる。
そして、あっさりと俺の肩にナイフの先が当たる。
「はぁはぁはぁ……。イ、イリッシュは何でそんなに早く動けるんだ?」
「基礎感覚の問題だと思います。私達は戦闘時に相手の動きがほんの少しだけゆっくり見えるんです。普段は普通なんですけどね」
それってチートじゃないか?その話が本当なら戦闘時は加速世界で動けるような感じだろ。
俺は愛のグーパンを躱す時にしか発動できない、あのスキルを、イリッシュは戦闘時にいつでも出せる。
反則だな。絶対素人じゃ勝てないよ。
「イリッシュは強いな。俺が弱いのかわからないが、もしかしてルエルより強いかもな」
「多分ルエ姉の方が強いですよ。一対一なら多分負けます」
「そうか?」
「はい。ルエルさんは魔法を使えます。私は攻撃魔法を使えませんから」
「そんなもんか。本気で戦うことはきっとないだろうからな」
「そうですね」
さて。前置きはこの位にしておくか。
「イリッシュ、目的はなんだ?」
「何の事でしょう?」
「ルエルに近づいて、何を狙っている?」
俺は真剣な目でイリッシュを見る。
イリッシュも俺の目を見ている。
見つめ合う二人。そして恋の予感。
いやいや、しない、しない。そんな冗談、今はいい。
何故、イリッシュはなぜ売られた?たかが百万ジェニ位、用意できるのでは?
何故、通りの目立つところで奴隷商人が馬車の外にいた?普通は逃げないようにしておくだろう。
何故、俺は金を出せた?たまたま大金をその場で持っていたからだ。
何故、奴隷商人はあっさり俺に売った?ギルドに帰る前に売ったら問題になるのでは?
何故、イリッシュはなんでもできる?回復魔法が使えるのであれば教会にもいけるはずだ。
何故?あまりに不可解な事が連続で起きている。
イリッシュはここに来るように仕組まれた?
「思ったより鋭いですね。まさかこの短時間で気が付くとは思いませんでした」
俺は腰の本物のナイフにそっと手をかける。
いやー、ドキドキしちゃうね。この状況結構まずいね、俺負けちゃうよ?




