第138話 ~彼氏と彼女~
店も一段落し、店内はいつもの静かさを取り戻している。
あんなに混んだのはいったいなんだったんだ?
「ルエル、ちょっと愛と出かけたいんだが、少しだけいいか?」
「そうね。もう混まないと思うし、いいんじゃないかしら」
お? 思ったより普通に許可が出たな。
「やったぁー! お兄ぃと出かけられるー」
さっきまでややぐったりしていた愛は水を得た魚状態。
顔もぐったり顔から笑顔に変わっている。
「ちょっとだけだからな、すぐに帰るぞ」
「ちょっとでもいい! こっちの世界に来てからほとんど外に出てないし、観光しよう!」
だから、ちょっとだけって言っているのに……。
まぁ、いいか。食事したらすぐに帰ろう。
「どれ、さっさと行きますか」
「いきますか!」
愛はさっきっまでの格好で行くつもりなのだろうか?
今度こそ捕まるぞ?
「愛。ちょっと服装直そうか?」
「そうですよ! そのままで出かけたら大変ですよ!」
イリッシュが愛にツッコミを入れる。
その通りだ。そのまま外に出たら大変!
ナイスアシスト!
「そ、そうかな? じゃぁ、ちょっと着替えてくるから!」
愛は席を立ち、倉庫の方に消えて行った。
「ユーキ。例の件は帰ってきてからでいいかしら?」
はて、何の事でしょう。私にはわかりかねます。
「ああ、帰ったらで……」
「フィルもいいわね?」
「……ん。意味が分からないけどルーが言うなら」
「ユーキ兄もアイ姉も出かけるんですか?」
「ああ、ちょっとそこまでな。何か食べたら帰って来るよ」
「じゃぁ、私は店番してますね。ルエ姉もフィルもお昼まだだと思うので」
「あら、助かるわ。フィル、私たちは少し休憩しましょうか?」
「……ん。お腹すいた」
ルエルもフィルも席を立ち、カウンターの方に消える。
席には俺とイリッシュの二人が残る。
「ユーキ兄、本当に今夜決行するのですか?」
「ちょ、ここでは話すな。聞かれたらまずいだろ」
「ご、ごめんなさい」
イリッシュにだけ聞こえるよう、小声でひっそりと話す。
俺は手招きでイリッシュを呼び、モフモフな耳にこそこそっと話す。
「予定通りだ。みんな寝たら二階からでる。イリッシュは愛が寝たら、俺の部屋に」
イリッシュが無言でうなずく。
その眼差しは真剣だ。こんな時、イリッシュは心強い。
きっと、問題なく遂行できるだろう。
倉庫から愛が戻って来る。遠目に見ても普通の格好だ。
良かった。
「お兄ぃー、お待たせ! 早く行こう!」
「ああ。じゃぁ、ちょっと出てくる」
「ユーキ、余計な事に手を出したり、首を突っ込まないで帰ってくるのよ」
「ああ、わかってる。大丈夫だ」
「ユーキ兄。その言葉、信用できません……」
ちょ! 余計な事言うな!
とある事情があり、皆にまだ話せていないあんなことやこんなこともある。
イリッシュ先生! 頼みますよ! 絶対にまだみんなに言わないでね!
「イリッシュちゃん、大丈夫! 何かありそうだったら、私がこれでこうするから!」
愛は両手を握りしめ、フックとストレートを繰り返す。
ワンツー、ワンツー、ボディボディ。
本気の愛グーパンは結構痛いからな……。
「だ、大丈夫。俺は余計な事は、きっとしない……」
フラグじゃないよ? これから何か起きるフラグじゃないからね?
これ以上余計なイベント起きないよね?
「じゃ、みんないってきまーす! お兄ぃ、行くよ!」
俺の手を引き、半ば強引に店を出る愛。
その手は俺の手首を握りしめ、力強く引っ張っていく。
うん、愛さん力強すぎ。血が止まります……。
――カランコローン
愛と初めて二人っきりで外に出る。
ある意味家族水入らずのフリータイム。
さて、どこで何を食べようか? あ、店の場所なんて俺は知らないぞ?
「あ、愛。どこに行く?」
「こっち! おいしいご飯が出る所をお客さんに聞いたの!」
おお、グッジョブ。でも俺は結構お腹いっぱいなんだよね……。
「じゃぁ、道案内は愛に任せてもいいかな?」
「いいともー。さぁ、行くよお兄ぃ!」
妹と一緒に外食するのもオムライス以来だな。
オムライス、またあの店に行くことはできるのか?
愛のお気に入りの店。この世界もオムライスとかあったらいいのに。
愛に手を引かれ、大通りを歩く。
ふと、露店に並んでいる雑貨に目が止まる。
あ、かわいいブローチがある。
羽の形をした銀色のブローチ。ちょっと気になる。
「にーちゃん! 気に入ったのかい! 隣の彼女にどうだい?」
愛と目が合う。
彼女だって。俺達兄妹なのに。ふふん、おっちゃん、まだまだだね!
「そうなの! 彼女なの! プレゼントしてほしいなぁー」
そんなセリフが愛の口から出てきて、俺をニヤニヤしながら見てくる。
こ、こいつ……。
「はぁ、しょうがないな。オッチャン、これ幾ら?」
「本当は五万ジェニだけど、特別に五百ジェニでいいよ」
……う、嘘くさい。本当はそんなに高くないんじゃ?
しかし、この店の商品に値札はない。均一価格なのか?
でも、五百ジェニならいいか。
「よし、買った! ほら、愛に付けてやるよ」
「まいど! 彼女も良かったね! 彼氏からのプレゼントだ」
「へへー、おっちゃんありがとう!」
「いや、礼を言うのはこっちだよ。また来てくれや」
「いいともー。おっちゃん商売うまいね!」
「まぁ、ずっと商売やってるからなー」
そんな会話を聞きながら、愛に着けたブローチは可愛い。
うん、似合うね。よかった。
「愛、そろそろ行こうか? お腹、減ってるんだろ?」
「そうだった! 早く行かないとランチが終わってしまう!」
露店を後に、再び愛にナビされながら通りを歩く。
彼女と彼氏か。俺は彼女できるのか?
というより、俺は帰れるのかな……。




