第133話 ~床屋と最優先事項~
イリッシュと二人、テーブルに座りお互いに向かい合う。
見つめ合う二人は、はたから見たら恋人同士に見えるだろうか。
見つめ合う二人の時間はゆっくりと流れる。
イリッシュは何を考えているのだろうか。
そう、ホビット族の結婚うんぬんの問題はまだ解決していない。
現実逃避したいが、時間は止まってくれない。
「成人した女性なら、大丈夫なのか?」
「恐らくは。年齢を証明できるものがあれば、なお良いと思いますが」
そうなると、対応方法は少ないな。
俺の知っている成人女性は数少ない。
ルエル、フィルの母、パン屋の奥さん、商人ギルドのミンミン。
おおぅ、俺って知り合い少なーい。
まぁ、ボッチじゃないだけいいか……。
「よし、明日中に何とかしよう。今は、今夜の事を優先で考える」
「大丈夫ですか? 本当に信用して、大丈夫ですか? 重要なので二回言いましたよ?」
「分かってる! だいじょーぶ! 多分だけどな」
「はぁ……。アイ姉には絶対に言えないですね。出かける前に念を押されたのにもかかわらず、この状況」
「そうだな。まさかこんな事になるとは……」
同じタイミングでお茶を飲む。
はぁー、落ち着く。とりあえず、問題は何とかなりそうだな。
「よし、他に問題は?」
「明日の夕方までに現金はそろえられますかね?」
「うーん、クシが全部売れたら五十万。ルエルの特許で多分二十万。討伐報酬で二十万。あと十万だな」
「手元に少しは現金を残さないと返済後大変ですよね?」
「そうだな。日々の生活もあるし、手元の現金は残しておきたい」
借金全額返済したけど、手元に一銭もなくなり、何も食べられなーい! とかは回避しないとね。
手元に少し現金を残し、借金を返済する。
「店のアイテムを販売しても十万は難しいですね」
「そうだな。倉庫の過剰在庫を激安で販売するか、ギルドに下取りに出すか……」
「ユーキ兄の考案した財布やバックも個数が足りないですし、何か案は無いですかね?」
「うーん、他の店を見てもすぐにまねできるものは無いしな……」
イリッシュも困り顔で髪の毛を指でくるくるしている。
あー、その髪くるくる分かるわ。俺も襟足の髪の毛たまにくるくるするし。
「髪、少し長くなりましたね……。そろそろ切り時ですね」
「イリッシュは身体強化すると、髪の毛が一気に伸びるんだな」
「そうなんです。一定の長さで止まるのですが、私的には長すぎですね」
「床屋は近くにあるのか?」
「床屋?」
「え? 床屋は無いのか?」
「それは何屋ですか?」
まさかとは思うが、この世界には床屋がないのか?
イリッシュは床屋という単語を聞いて、頭の上にハテナを浮かばせている。
「髪を切ってくれる専門の店なんだが」
「この世界では髪はみんな自分で切りますよ? ユーキ兄の世界は面白いですね」
「そ、そうか。この世界に床屋はないのか……」
「髪を切るのに、お金を払う人はいませよきっと」
「髪を切るのもそうだが、髪型を変えたり、髪の色を変えたりするんだがな」
「ユーキ兄の世界はすごいですね。色を変える魔法があるんですね」
「いや、魔法ではなく脱色や着色だな」
「でも、髪の色が変わったら面白いですね」
床屋がない。もし、床屋っぽいことをしたら儲かるのか?
男性はともかく、女性には受けそうな気がするんだがな……。
「髪を切って、髪型を変える、色も変える事ができたら、商売になるか?」
「うーん、難しいですね。正直やってみないとわからないです」
「そうか、他の人間が始める前にやっておきたいな」
「ユーキ兄は人の髪切れるのですか?」
「いや、俺じゃなく、愛ができる」
「じゃぁ、私の髪を切ってもらいましょう! そして、外で実演すればお客さんが来るかもしれません」
「そうだな。店に戻ったら、一度実験してみるか!」
「はい! はさみはフィルに作ってもらいましょう! きっとサクッと作ってくれますよ!」
なんだかイリッシュは俺に似てきた気がする。
『サクッと作ってもらおう!』とか、完全に俺の考えと一緒だ。
しかし、店に戻るためには一つ大きな課題がある。
そう、忘れてはいけない、あれです、あれ。
フィルを覗いた言い訳をどのように話し、うまくまとめるか。
そして、何の問題もなくそのままスルーできるか……。
ここが正念場ですね!
イリッシュとギルドを出て、店に向かう。
昼もすぎ、通りはたくさんの人が行き来している。
冒険者、商人、馬車や旅人っぽい人。
この世界も住んでみるとなかなか楽しいね。
学校はない。テレビもスマホもバイクもない。
でも、生きてるって感じがする。
時間や生活に余裕があると、他の楽しい事や生きていくのにしなくてもいい事をするんだよね。
毎日の生活がいっぱいいっぱいだったら、きっとお笑いを見ても笑えないだろう。
笑えるって事は、余裕があるって事だよねきっと。
今の俺は笑える。まだ余裕があるって事だ。
俺は生きている。そして、これからも生きていけるだろう。
万が一、元の世界に帰れなくても、きっとこの世界で何とかなる気がする。
でも、最優先事項は愛を守り、そして帰る事だ。
目的を見誤るなよ、俺。
そんな事を考えていると、フェアリーグリーンが見えてきた。
愛の大きな声と共に……。




