第131話 ~実演販売と覗き~
俺は裏口から外に出て、工房を横目に表通りに抜ける。
少し離れたところから店の入り口の方をこっそりのぞいてみる。
「さぁ、こんなに濡れてしまった髪がこの通り! クシ一本でさらっと乾く!」
愛の大きな声が聞こえてきた。
遠くまで聞こえる愛の声は元気よく、聞いていてすがすがしい。
……おわっふ。愛の姿は上半身タンクトップ一枚。
腰で両袖を結んでおり、スカートはそのままの状態。
普通に見たら上半身はだけているように見える。
そしてポニーテールの先を濡らし、クシで乾かしてる。
「そこのおにーさん! こんなに濡れてるの! 凄く濡れてると思わない?」
「確かに濡れてる! びっちょりだね!」
「そうでしょ! そして、このクシでこのとーり! サラサラになるの!」
「凄いな! もう一度濡らしてもらっていいか!」
「いいよ! じゃぁ、もう一度濡らすね!」
愛は元気よくお客さんと会話をしている。
タライの水を髪にかけ、ポニーの先っちょを濡らす。
確かに髪の先だけ濡れているな。毛筆みたいだ。
「ほら、またこんなに濡れちゃった! これだと乾かすの大変だよね!」
「うんうん、大変だね!」
……聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた。
愛、あとで話したいことがたくさんあるよ。
「ほら、そこのおじさんも! 奥さんにクシの一本いかが?」
「オラの嫁にはいらないよ」
「そんな事無いよ! こんなに濡れてるのに、女性には必要だって!」
「そ、そんなに濡れてるのかい?」
「そう! こんなにしっとり濡れてても、あっという間にいけるんだよ!」
「……、一本もらおうかな」
「毎度! お会計は店の中でお願いします! 是非、アイスティーも飲んで行ってね!」
「そうだね。なんだかすごく喉が渇いたよ」
「おじさん、ありがとう!」
商売がうまいのか、実演が上手いのか。
女性向けのアイテムのはずなのに、男性が群がっている。
確かに、売れているよ。予想っとは違った売れ方だけどね……。
とりあえず、売り上げに直結しているので、今はこのままでいい事にしよう。
愛には後で話すとして、俺は急いで商人ギルドに行かなければ。
きっとイリッシュが待っているはず。すまんなイリッシュ、急いで向かうからな!
俺は商人ギルドに向かって走り出す。
するとイヤーフックから声が。
『ユーキ聞こえますか?』
『ああ、聞こえる。何かあったのか?』
『そうね、あったわ』
『何があった?』
『ユーキ。フィルの着替え、天井に張り付いて覗いていたでしょ?』
『……すまん。ものすごい急いでいるんだ。その件については後で詳しく話す』
俺はイヤーフックを耳から外す。
ダメじゃん! バレバレじゃん! ルエルったら気が付いていたのね!
その場で言わないなんて、いけずー!
帰ったらきっと恐ろしいことになる。
店に戻るのは今から数時間後。帰るまでに言い訳を考えておこう……。
走り出す事ほんの数分。商人ギルドに到着!
急いでギルドのドアを開け、中を見渡す。
……あれ? いない。まだ来ていないのか?
もしかしてどこかで行き違いになった可能性もあるな。
受付の人に一度聞いてみるか。
「すいませーん」
「はいはーーい」
カウンターの奥の方から声が聞こえてきた。
「あら、ユーキさん。また仕入れですか?」
「いや、ここにイリッシュはこなかったか?」
「イリッシュさん?」
「えっと、銀髪で耳があって、髪を二つに結んだ女の子なんだが」
「ああ、いますよ。今二階の仕入れ部屋にいると思いますよ」
「おお! 良かった。 俺も二階に行きたいのでこれを」
受付のミンミンにギルカを渡す。
「はい、受付終わりですね」
「ありがとう、じゃぁ、また後で」
俺は急いで二階へ向かう。すっかり遅くなってしまった。
二階へと続く階段を駆け上がり、一番近い部屋の扉を開く。
中を見渡すと奥の方にイリッシュがいた。
「おーい! イリッシュ! 遅くなってすまん!」
こっちに気が付いたイリッシュは俺の方をみて、駆け寄ってくる。
いや、本当にすまないね。まさか、こんな展開になるとは思いもせず……。
イリッシュはそのまま走ってきて、俺に近寄ってくる。
後、数歩のところまで近寄ったと思ったら、なぜか走る速度が増す。
え? その勢いだと止まれないのでは?
――ぐほぉぉ!
イリッシュはその勢いのまま、掌底を俺の鳩尾にくらわす。
あまりの勢いに俺は受け流すことも防御することもできなく、素のままで受けてしまった。
そのまま床にうずくまり、呼吸を少し止める。いや、正確には止まった。
う、うぐぅぅ……。い、息が……。
イ、イリッシュ! いきなりひどいじゃないか!
「ユーキ兄。ひどいです! あんまりです!」
イリッシュは半泣きになりながら、俺に話しかけてきた。
「なぜ! ホビット族の女性の母に向かって、結婚の話なんか!」
良くわからないが、俺がいなくなってから話が何か進んだのか?
でも、ここにはイリッシュしかいない。
いったい何が起きたのか!
そして、俺は普通に呼吸ができるようになるのか!




