第130話 ~まな板と半裸~
フィルはゆっくりと俺に近づいてくる。
その眼はまっすぐに俺を見ている。隠しもせず、すたすた歩いて、俺の目の前までやって来た。
「……。ユーキ? なぜここに?」
おっと全くのノーリアクションだ。普通に話しかけてきた。
予想外の事に、俺の心臓はバクバクしている。
「諸事情により、転移してきました」
「……そう。それで、ボクになにか用事でも?」
これと言って用事はない。
だがしかし、このまま普通に店の方に行ったらまずい気がする。
「フィ、フィルはここで何を?」
「……着替え中。ルーに呼ばれた。店の方を手伝ってほしいと」
「そんなに忙しいのか?」
「……忙しいみたい。外で実演販売してて、それが売れてると」
「そうか。俺はこの後また出かけるが大丈夫か?」
「……問題ない」
気のせいか、フィルは少しもじもじしている。
まぁ、ほぼすっぽんっぽんで俺の目の前にいる訳だ。
そろそろ突っ込んだ方がいいのか? え? 下ネタじゃないよ?
「フィル、恥ずかしくないのか?」
聞いた途端、フィルの頬が赤くなり、耳まで真っ赤になる。
「……恥ずかしいに決まっている」
「じゃぁ、なぜそのままでいるんだ?」
「……ユーキには一度見られている。大丈夫だと思った」
確かに一回は見てるな。でも、そのときは後姿だったよ?
まぁ、そのあとにもっとすごい事になってしまったがな……。
「俺も目のやり場に困るんだ。服、着てくれないかな?」
「……ユーキの前だけ。他の誰にも見せない。ユーキだから……」
ズッキューン! その上目ずかいでそのセリフは無しだろ!
「……ユーキはボクの事、女の子として見てくれるか?」
「な、何を今さら。フィルは女の子だろ?」
「……。初めは間違ったくせに……」
痛い所をついてくる。確かに初めは間違ったけどさ!
でも、今はどこからどう見ても女の子よ!
「た、確かに初めはな。でも、フィルは可愛い女の子だよ」
「……胸が無くても、女の子?」
「以前も言ったが、大きさは問題じゃない! 俺は美乳派だ!」
「……ボクは美乳?」
難しい質問ですね。パッと見た感じまな板だ。美乳も何も、チチが……。
基準は美しいか、そうじゃないかでいいよね?
「ああ、フィルは美乳だ。これからの成長にも期待できるな」
「……そう。良かった。ちょっと嬉しい」
フィルはちょっと照れながら、俺に抱き着いてくる。
まずいっす。この状況。
俺はロリではないが、女の子には弱い。
フィルは俺の胸に顔を当て、ぐりぐりしてくる。
「……ユーキはいい匂いがする。まるでウィンナーのような匂い」
正解! 確かにさっきまで食べてました!
さすがフィル。いい鼻をお持ちで!
「ま、まぁな。そろそろ服を着ないか? 俺が落ち着かない」
「……ユーキは嫌? ボクの事、嫌なの?」
「そんな事無いが、今は他にすることがあるだろ?」
「……また今度してもいい?」
「ああ、また今度な」
フィルはあっさりと俺から離れ、さっきの灯りがある方に歩いて行く。
思ったより冷静だな。俺の方が動揺してしまってるよ。
――コンコン
「着替え終わったかしら? 早く店に出てもらえる?」
――びくぅぅ!
急にルエルの声が響く。今入ってこられたらまずい!
俺はとっさにその場にしゃがむ。
まずい、まずい、まずい、まずい、まずい。
ひじょーーにまずい。入ってこられたら一環の終わりだ。
どうする? 逃げる? 隠れる? どこに?
慌てるな、俺なら回避できるはずだ。
落ち着け……。
「……あと少しで終わる。もうすぐ行く」
――ギィィィ
扉が開こうとしている。やばいっす。まずいっす。
えーと、えーーと……。ええい! ままよ!
「何か手伝えることはあるかしら?」
ルエルが倉庫に入ってきた。
「……特に。もう行く」
「ごめんなさいね、お店が混んでしまって」
「……そんなに忙しい?」
「そうなの。アイが外で半裸状態。髪を濡らしてクシで乾かす行為を何度も繰り返すから、男性のお客様がひっきりなしに入店してくるの」
「……半裸?」
「そうなの。服を濡らしたくないって言って、上半身肌着で外にいるのよ」
「……アイは恥ずかしくない?」
「本人は水着と変わらない! って言ってるわね」
「……ボクにはまねできない」
「私もよ。さぁ、早く店に。カウンターが埋まってるの」
「……わかった。急ぐ」
二人はやや小走りで店に戻っていく。
というか、愛は何をしている? 半裸で外にいるのか?
これは様子を見に行かないといけないな、兄として。
倉庫の扉が閉まった事を確認し、俺はゆっくりと天井から降りてくる。
とっさに体を浮かし、背中を天井にぴったりと付けてひっそりとしていたのだ。
フィルもルエルも何とか俺の存在に気が付かず、倉庫から出て行ったと思われる。
良かった、何とかスルーできた。
床にゆーーっくりと降り、倉庫の裏口にこそっと向かう。
裏口から表に回れば外の実演販売中の愛を遠目で見れるはずだ。
そして、こっそりと倉庫から出て表通りに行く。
愛は一体、何をどうしてるんだ?




