前哨戦
500年前、この星を一周した偉人、アストピア・ピルクスからとってアストピアと呼ばれる惑星。地球よりも巨大な、木星ほどの大きさの惑星。
オリューシアン海、オリューシアン諸島上空。コザッカ帝国西端にある植民地の空で鋼鉄の鳥達が舞っていた。
コザッカ帝国は産業革命と共に発展した軍事国家だ。4つに区分された世界の内の1つ、第2世界の支配者であり、第3、第4世界にも大きな影響力を持っている。
最近、第1世界に新しい大国が生まれたという情報が入り、大国として国際社会へエスコートしてやるべく艦隊と共に使者を送ったのだが、黄色人種の分際で生意気にもこちらの寛大な提案を断ったため、歴史ある大国として躾けるべく、大艦隊を派遣した。
ところが第1世界の海域に入ってから艦隊との連絡が途絶えたのだ。偵察機を向かわせたが同様に消え去った。
コザック帝国上層部が訝しがっている間に日本の空母機動部隊がオリューシアン諸島に侵攻してきたのだ。
そして今、オリューシアン植民地空軍督戦隊、第103航空隊所属オシア・マルシアン中尉は迎撃に出ていた。
彼は当初、楽な任務だと思っていた。艦隊との連絡が途絶えたのは、何らかのトラブルで日本の攻撃で負けたわけではないと、黄色人種如きに白人種たる自分達に勝てるわけがないと。
その考えは見事に打ち砕かれていた。いま目の前の光景がマルシアンの常識を粉砕していく。
「何なんだ! 何で新興国の、それも黄色い猿がこんな兵器を持っているんだ!!」
ギィィィィン!!!
爆音を撒き散らしながら飛ぶ異形の怪鳥。日本の艦上攻撃機だ。
Yakー38Jフォージャー。コザック帝国ではヤクシャール(Yakの読みのヤクとコザック語で余分な物を意味するクシャールを掛けて作った造語)と呼ばれる傑作攻撃機。
コザック帝国海軍の将校が機体前部に配置されたエンジン(正確にはリフトファンだが、リフトファンを知らない将校はこれがエンジンであると勘違いした)を見てクシャールな物を足した機体だと言った事からそう呼ばれるようになり、ある航空技師は『もし前部のエンジンがなければヤクシャールは超音速機になっていたかもしれない。猿共は余計な物を足してヤックシャールを駄作にしてしまった』と評した機体。コザック帝国の誰もが駄作機だと思っていた攻撃機。
その予想は見事なまでに裏切られた。勿論コザック帝国にとって悪い方向に。
Yakー38Jフォージャーは超音速飛行能力こそ有していないが、短距離離陸、垂直離着陸が出来る優秀な戦闘攻撃機だったのだ。
固定武装として25ミリガトリング機銃1門。短距離対空ミサイルを2発装備したまま500キロ爆弾4発から900キロ爆弾2発に各種ミサイルを装備可能。更にはコザック帝国最新鋭のレーダー搭載双発夜間戦闘機よりも優秀なレーダーを装備している。
何より凄まじいのがその機動性だ。戦闘中にも突如、機体を垂直に上昇させ、背後に回りこむその機動に何人ものパイロットが食われてきた。
これが、これまでの戦いから分かったヤックシャールの能力だ。
ヤックシャールはコザック帝国の主力戦闘機MICー2ココンシャールの性能を全て超えていた。
MICー2はコザック帝国の老舗航空会社、MICことミック社が設計、製造した傑作ジェット戦闘機であり、単発ゆえの安さと優れた整備性が評価され、未だに帝国空軍の主力戦闘機の座に君臨している。
初飛行から15年経ち、流石に時代遅れが否めず、軍内部で新型機への更新計画が持ち上がっていた。
だがその新型機でもヤックシャールには勝てないだろう。こちらはどう足掻いても800~900キロが限界なのに、敵は容易く1000キロを超える速度を出せるのだ。
最高速度で全てが決まるわけではないが、最高速度が優れていることは様々な面で有利に立てることを意味する。
「舐めるなぁ! 猿共がぁ!!」
マルシアンは叫ぶとスロットルを倒し、エンジンを吹かす。MICー2は機首のエアインテイクから急激に空気を取り込み、エンジンは唸りを上げる。
背後に食いついたYakー38Jを尻目にマルシアンは右旋回を始める。背後の敵機も同じように右旋回をして付いてくる。
ニヤリと笑う。最高速度とエンジン出力がものを言う急降下と縦旋回では勝てないが、横旋回戦では速度の遅いこちらが勝つ。
このまま回り続けて後ろを取ってやる。そう思っていたらジェット音がすぐそこまで近づいていた。
後ろを見るとヤックシャールは難なく付いてきていた。驚いていると後部エンジンが視界に入る。エンジンのノズルが上向きになっていた。
マルシアンは呟く。航空研究所に勤めている友人が研究していた新機構の名前を。
「推力偏向ノズル」
マルシアンが呟きに合わせて25ミリ砲弾が叩き込まれ、操縦者は跡形もなく消え去った。
彼が最後に見たのはYakー38Jに描かれた鮮やかな日の丸だった。
日本の首相官邸。そこでは日本の首脳部が対コザック帝国戦争について話し合っていた。
会議室のスクリーンに映し出された地図を背景に矢佐野正宗総理大臣が発言する。
「やれやれ、異世界に転移し、周辺領土開拓で何とか国力を取り戻した矢先に戦争とは」
これに反応したのは日比野防衛大臣だ。彼は苦笑して矢佐野のボヤキに答える。
「仕方ありませんよ。これまで未開の土地だった場所に大国が出来ていればコンタクトをとるのは当然です。そして相手は帝国主義の真っ盛りで白人至上主義。しかもこちらは有色人種。戦争にならない方がおかしいですよ」
「まあ、こちらの戦力を低く見積もってくれて助かった。おかげで領土だけでなく、賠償金に技術、それに国際的な発言権を得られる」
矢佐野の言葉に会議室の人間は皆ニヤリと笑う。この戦争の後に得られる富を夢見て。
「日比野防衛大臣。確か空軍の戦略爆撃部隊で西海岸一帯を空爆すると聞いたが」
「ええ、そうですが、それが?」
「コザック帝国首都、コザッキーを爆撃することはできないか?」
「できなくはありませんが、なぜ?」
「首都を爆撃した方が国民の不安を煽れるだろう? それにコザックの馬鹿どもにも誰に喧嘩を売ったのか思い知ってもらおうと思ってな」
日比野は大きく笑い。
「分かりました」と矢佐野の指令を受諾した。
2か月後、コザック帝国は国全体の内50パーセントが集中する西海岸を日本空軍戦略爆撃部隊のTuー95JベアとTuー22MJバックファイアによって消し飛ばされ、更には首都上空をTu―160Jブラックジャックの編隊が我が物顔で飛び回り、悠々と爆撃して帰っていったという事実にようやく戦争が始まる前に敗北が決していたことを悟り、降伏。
この戦争以後、日本の名は世界に大きく広まっていく。