夜に武装
さあまた今夜も僕はこの夜の街を爆破するため二十四時の公園を通り過ぎ青白い月明かりを避けるように裏路地を這い誰かの置いた干からびた猫の餌を蹴飛ばしてそれらの散らばるのも無視してひたすらに走り続けるままに走り続けるままに走り続けるその躰のなかのけれど静かにたゆたう黒い水の底のほうでこうも思う。「僕はいまあるいは昨日かまたそれよりも以前と以降なにを根拠と論に走り続けるのかという疑問系の底に息を潜めるようにあるそいつの姿をみたいがためにいまもなお走っているような気がすることに対するこの違和感はいったいなんだ? 解答はまるで夜の闇と静けさと猫の声に溶けてまるでみえないけれどならばみえるものすべてを破壊してしまえばそれが答えなのだとするこの無為な行為に対する不安はなんだ?」僕の右手にはいまAK-47が握られ左手にはふたつの手榴弾がおさまりそれはつまり街の様々を破壊するためだけに機能するためだけにつくられた僕の思想形態でありいまそれはようやっと辿り着いたみなれた学校の校門前へとむけられたまま来るべき崩壊を胸に意気を殺している。そしてそうしたままに僕はある日の妹の言葉を思い出しもする。「あんたがさ、そうやってなにもかしらを頭んなかでぶち壊してまわるのはなんら構わないんだけどあんた、ほら、そうやってあんたみたいなやつがいるってことはその逆も然りってことをちゃんと理解したほうがいいよ。あんたがそうやってなにかを壊したその後ろでは誰かがそれを治しているんだっていう事実をさ、判らなくてもいいから、理解しないでもいいから、そういった事象を理解しなさいよ。だからさ、や、違うって。迷惑の話をしてるんじゃないよ私は。あんたの後ろにはそういうひとがいて、そういうひとにはまたあんたみたいなやつがいるんだって、これはそういう話。だからさ、判る? そんな行為に意味なんてないの」気がつくと校門前は生前校門前の影もなく代わりに左手の手榴弾が一欠け僕はまた走る走る走る。ドアのひとつを撃ち階段の一段の登る音さえも銃声のそれで掻き消しながら息の切れた躰を嵐の来る前の夜の風に乗せるようにひたすらに上を上を上だけを目指す。頑丈に施錠された屋上の扉を吹き飛ばしそのあいだを駆け抜けそこに広がる夜の街を搔き切りながら死んだ動物の血のように冷たい手すりを乗り越え飛び降りると夜が反転し僕は一転月をみおろす立場。「意味がないっていうのはなにもそれ自体を否定してるんじゃないよ。ただね、ほら、これも事実の話なんだって。そういった事象を理解しなさいって私は云ってるの。理解したうえで、あんたはあんたのやりたいことをすればいいの。だって、ほんとうに意味のあることなんて、この世界にあるとでも思ってるわけ?」それが妹の最後の言葉で僕の前の前には赤黒く粘着質な血を吹く妹であったものの姿が転がり、嗚呼、これは夢のなかの出来事なのだと思う。いま僕の手で壊れた妹はそのすぐ後ろにいる誰かの手によって修復されまたその後ろの誰かの手によって壊され修復され壊され……そうした破壊と修復のプロセスが終わりのない朝と夜の交わいのように訪れて訪れて訪れて……嗚呼、僕はいったいなんてことをしてしまったんだ? 愛しい妹のこの手で殺めてしまうだけでなく永遠の苦しみのなかに閉じ込めてしまうなんて、いや、けれど。「私の友達で凄い頭の良い男の子がいたんだよね。いつも静かで休み時間にひとりで小説読んでるような子でさ、テストではいつも満点しか取らなくて友達もつくらないで自分の内側だけで生きてるような生きてるのかも死んでるのかも判らない子。で、そんな男の子が、小学四年の春だったかな、いつも通りの数学の授業中にいきなりわけわかんないこと叫びだしてそのまま立ち上がって一直線に窓際にむかってそのまま窓開けて飛び降りちゃったんだよね。みんな一瞬ぽかーんって口空けてたんだけど次の瞬間には女の子が泣き叫んだり男子たちがこぞって窓際に寄ってやばいやばいって連呼しているなかで先生だけが冷静で、さて、授業の続きを始めますって。え? いやいや先生さすがにそれはおかしいでしょって、泣き叫んでた女子も興奮してた男子もみんなこぞって先生のほうみたの。そしたらさ、先生なんて云ったと思う? このことは他のひとには黙ってるようにって。もしもこの約束を破ったらって声を殺したようにそう云ったあとにいつのまにか握ってた拳銃を一番前の男子にむけて、バン。ねえ、こういうのってどう思う? 世界って残酷だなって、本気でそう思ったりする? あなたは良いひと?」それはいつどこの誰の話だったっけ。気がつくと僕は落下の反転に空を飛んでいてまばらにある明かりと暗闇の交わりがモザイク状になにかしらのメッセージを刻んでいる予感に苛まれながらも前に進む。いつもより冷たい夜風を頬に乱れる髪の毛の先を気にするでもなく街をみおろすと段々と明かり占める割合が減り街の近くにあるひとつの森へと近づいていることが判る。森のなかには冷たい秘密が眠っている。そう話していたのは妹であり僕はその妹の顔と声を思い出そうとするもそこには薄いモザイクがかかり明瞭としないそのノイズ状の思考を振り解くように夜風を浴び気づくと僕は森の
なか。目の前に背後をむけたなにかがいる。「誰」「誰って。私は私だよ」「名前は」「名前なんてないよ」「そんなの」「そんなのありえないと思う? なら、それでもいいよ。でもさ、こうも思わない? もしも世界におけるありとあらゆるものに名前があるのなら、名前のないというのはもはやひとつの特別な名前なんだって」「……」「嘘。ほんとうはちゃんとした名前があるんだけど、云わないだけ。だってそんなものに意味はないのだもの。ねえ、私はあんたの世界を治しに来たんだよ。わざわざ遠くから。遠く。うん、それはほんとうに気の遠くなるような遠くから、ね」「でもそんなことしたってすぐまた誰かがここを壊すよ?」「そうだね。そしたらまた誰かがここを治す。それって当たり前のことだね」「そんなことに意味はある?」「ないよ。ねえ、すべてのものごとには意味がない。その言葉を飲み込めない子供が最近にはふえたね。嫌な世のなかだね、ほんとう」そうして彼女は振りむいた。その手には一本の拳銃が握られていて僕の頭の中心を捕らえている。「ひとを生かすにも殺すにも刃物は必要なんだ。それっておかしなことだと思う? それって間違っていると思う? もしそう思うのなら、それこそが正解だよ。君はすべての意味において正しいし、その正しさにだって意味はない。だからほら、そろそろ終わりにしようよ、もう夜が明けてしまうから」みると空は白け青白い月の姿は湖の水によって薄められてしまったかのように擦れみえない。僕は云う。「ちょっと待って」「なに」「ここは僕のつくり出した世界だから、僕が終わらせる」そうして僕は右手の拳銃をこめかみに、その先端から伝わる暖かさを感じている。「そういうことをされると困るのだけど」「どうして?」「だって、私がはるばるここまで来た意味がない」「意味?」彼女はため息をつき降参だと云わんばかりに両手を挙げ手にした拳銃を落とす。「そうだね。すべてのものごとには意味がない。君の好きなようにするといいさ」彼女の両の腕はそのままに僕の拳銃もそのままに、ただ空が段々と明るくなるだけの時間が五分ほど流れた。「もしかして怖気づいた?」「いや」と僕は否定する。「なんだか急に馬鹿らしくなって。なんでこんなことしてたんだろう? なんでこんなとこまで来ちゃったんだろう?」「ねえ」「なに」「それじゃあもう家に帰ろうよ。そんな玩具の拳銃なんか棄ててさ。お母さんもお父さんも心配してるよ」「ああ、それもそうだね」玩具の拳銃を投げ捨て左手に握った生卵を握り潰すと急激にお腹が減っていくのが判った。「帰りにコンビニよろうよ」「いいね」「一緒にアイスも買おうよ」「いいね。もちろんお兄ちゃんのおごりでね」僕はそれには答えないでひたすらに歩く。空いた右手を繋ぎながら空を仰ぐと空はもう青くそこを思い出したかのように名も知らぬ鳥が数匹飛ぶので、僕はただゆっくりと大きな欠伸をしてみせた。世界は朝だ。