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4.敵国ですが王妃になりました

たくさんの方にご覧いただけてありがたい限りです。


旦那様の話し方はわざとです。王様の威厳が崩壊しているわけではありません。

 さて、いきなりファラングの国王と立ち話をするという状況に動揺しつつも、リーシアは一先ず確認することにした。


「私は確か王弟殿下の側妃に、と献上されたはずですが」

「いやいや、弟がかわいそうでしょ。あいつ嫁さん一筋だから」

「……そうですか。それでどうして私が陛下に嫁ぐことになるのでしょう?」

「だって君『王妃の器』でしょ? だったら王妃になるのが筋ってもんだよ」


 さすがにシグルムも押し付けた貢物がファラング王妃の座を射止めるのは難しいと考え矛先を王弟に向けたのだが、むしろファラング王は乗り気であった。このことがシグルムに伝わればきっと大喜びするに違いない。ただし当事者であるリーシアは素直に喜んでばかりもいられなかった。

 リーシアの記憶が正しければ、今のファラング王に妃はいない。一番乗りが敵国から勝手にやって来た怪しげな献上品、なんてことがまかり通るはずは普通ならばないのだが。

 第一声から終始軽い口調で語りかけられるため、その真意がうまく掴めない。会話は成立するが、意思の疎通が図れていないような気がしてならなかった。


「ええと、陛下は先ほどシグルムを滅ぼすとおっしゃいませんでしたか」

「言ったね」

「そのシグルム出身の私を王妃になさると?」

「そのつもりだけど」


 リーシアの困惑を知りながら、ファラング王レザリオはただ短く答えた。


「と言ってもさすがに今日明日ってわけにもいかないか。うーん、とりあえず婚約して半年後ぐらいに婚礼、かな」


 ファラングほどの大国の王の結婚がこうもあっさりと決まっていいのだろうか。いや、明らかによくない。よくないがしかし決まろうとしている。


「あ、なんか都合悪い?」

「……いえ」

「じゃあ決まり」


 どうやら決まってしまったようである。

 リーシアの頭の中にファラングに着いて二度目の「そんな馬鹿な」が浮かんだ。

 都合が悪いなどと言える立場ではない。結婚相手が王であれ王弟であれ、リーシアにとっては知らぬ人だ。ならばシグルムのために王妃の座に就くのが賢明だろう。シグルムを滅ぼすと言い切る王に翻意を促すには尚のこと。

 とは言え、本当にこれでいいのかリーシアは不安であった。どうもファラングではリーシアの常識が通用しないらしい。或いはファラング王には、と言うべきか。


「そうだな、その半年で見定めさせてもらおうか」

「見定める?」

「君がまさしく『王妃の器』かどうか」


 やさしげに微笑みながら、その眼差しはリーシアの内側を見透かすようであった。


 ――ああ、確かに彼は王だ。


 別に偽物だと疑ったわけではない――冗談であってほしいとは思った――が、あまりの急展開に現実味が感じられなかったのも事実である。

 軽い口調にうっかり気を抜くと、大変なことになる。

 人の上に立つ者の気配を感じ取ったリーシアは気を引き締めた。



 ファラングに到着したその日にリーシアはレザリオの執務室に通された。

 一国の王の執務室である。自国の者であってもなかなか立ち入ることができないだろうその場所に、敵国の人間を招き入れるということがまず理解できない。リーシアの常識ではそんなことはあってはならないし、たぶんこれは他国であっても同じだと思うのだが。


「見定めさせてもらうって言ったでしょ? 半年間遊んでてもらってもいいけど、実際仕事してもらった方がお互いに有意義だと思うんだ」

「仕事……」

「そう、仕事」


 今いる場所を考えればその仕事がどういうものかは推して知るべし。


 ――いやだからそんなことはあるはずが……ない、こともないのかしら?


 こうも立て続けに常識を覆されていれば、おかしいのは自分の方かもしれないとリーシアが考えるのも無理はない。少なくともファラングでは「あり」なのだから。


「私は何をすればよろしいのですか?」

「俺のお手伝い。いやぁ、書類見るの大変だったんだよね」


 助かるよ、とそれはそれはいい笑顔でファラング王はのたまった。



 ファラングへ嫁ぐことになった時、シグルム王から言い含められたことが二つある。


 一つ、ファラング王の機嫌を決して損ねないように。

 一つ、ファラング王を懐柔してシグルムを守るように。


 王の言葉に従うのは癪だが、リーシアはレザリオの傍で彼の機嫌を窺い、その信頼を勝ち得ようと知恵を振り絞った。それは時にファラングをより良くするため、より広くするために利用された。

 レザリオは使えるものは何でも使う合理主義者であった。たとえ意に添わぬ貢物であろうと敵国の人間であろうと、彼が「使える」と判断すれば能力に見合った仕事が与えられる。彼に「必要だ」と思われれば或いはリーシアの願いにも聞く耳を持ってくれるかもしれない、という微かな希望を胸に、リーシアはひたすら仕事に励んだ。どうすればシグルムを守れるのか、具体案を持たないリーシアにできることはそれぐらいしかなかった。

 そうして次から次へとやって来る仕事を片付けていたある日、リーシアはふと手を止めた。視線を上げた先にはレザリオの横顔がある。

 あろうことか彼は自分の執務室にもう一つ机を置いてリーシアを座らせたのである。曰く「俺が見張ってるのが一番手っ取り早いでしょ」ということらしい。これまたリーシアの常識では考えられないことであったが、追及するとまるで自分専用の仕事場を欲しがっているようにも取られかねないので諦めた。いっそシグルムで十九年間育んだ常識は忘れてしまえ、と開き直ったリーシアは、毎日レザリオと顔を合わせる状況を受け入れたのである。

 さて、見られていることに気づいたレザリオがリーシアの方に顔を向けた。


「どうしたの?」

「おかしくはありませんか」

「何が」

「言い直します。人使いが荒すぎませんか」

「…………そう?」

「今の間はなんですか」

「あはは」

「笑って誤魔化さないでください」


 本来リーシアは温厚で大人しい性格である。

 基本的に彼女は誰かに敷かれた道を歩いてきた。彼女自身それでいいと思っていたのでまるで言いなりというわけでもないのだが、結果的には同じことであった。

 それは自分で考えなくてもいい楽な道である。

 ところが、レザリオがリーシアの前に敷いた道には時々障害物がある。何も考えずに歩こうものならそれにぶち当たって痛い目を見ることになる。

 レザリオもまたリーシアを利用する側の人間に違いないが、彼はリーシアの手を引いてくれるどころか「自分で考えてなんとかしてね」と言ってのける。それでなんとかならなかった場合困るのが自分であったとしても、彼はリーシアに判断を委ねるのだ。

 何が言いたいかと言うと、性格的な大人しさはそのままにリーシアは言いたいことを言うようになった、ということである。

 考えることも大事だが、考えた上で行動しなければ事態は変わらない。

 それを理解したリーシアは、相手がファラング王であろうと自分の意見をぶつけることを怖がらなくなった。毎日顔を合わせているうちにその人となりも多少は分かってくる。そもそもレザリオはリーシアを、シグルムの外交とも言い難い悪手による貢物を受け入れ、この半年休戦状態を維持してくれていた。そんな人間が、多少自分の意に反することを言われたからと言って激高するはずもないのだ。実際に意を汲んでくれるかはまた別として、話すら聞かないなどという短慮に走るとは思えない。

 そして今リーシアが主張したいのは、明らかに仕事量が多すぎる、ということである。

 なぜ今それを主張する気になったかと言うと、婚礼の儀が明日だからである。


「政務は大事ですが、さすがにこうしている場合ではないような気がします」

「とか言ってさっきまで普通に仕事してなかった?」

「おかしいなとは思いましたが、机の上に書類が溜まっていましたので」


 リーシアがそう返すと、レザリオはくっくっと笑って言った。


「君もこの国に染まったね」



 一冬をファラングで越して迎えた春の日。

 リーシアはレザリオと婚礼の儀を執り行ない、ファラング国王妃となった。

 リーシア、二十歳のことである。


補完版と言うからには本編に設定全部入れ込むべきか悩むところ。旦那様視点とか故王妃様視点とかも補完になると言えばそうなのだけれども。

見定めの結果は次話で。

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