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3.物事には順序があるはずです

故王妃様諸悪の根源説。

あれ? 王様や王太子より不人気とはこれいかに。

 即興で仕立て上げられた花嫁は、だがしかし受け取り拒否の憂き目に遭おうとしていた。



 目の前にファラングの王城を眺め、その城門前で待たされること二時間。

 一体何がどうなっているのか、リーシアにはさっぱり分からなかった。手筈はすべて整っていると聞かされていた。ただファラングへ向かい、とりあえずは嫁ぎ先であるファラング王弟と王の機嫌を取ればよいと言われた。

 若干の不安はあるものの、実際の外交経験などないリーシアが口を挟むのもどうかと思い黙っていたのだが。

 とても嫌な予感がひしひしとする。

 こんな風に待ちぼうけを食らう可能性もしくは理由に思い当たることが一つあると言えばある。


 ――いやでもまさか、そんな馬鹿な。


 リーシアでも思い付くことだ、シグルムの外交担当が手配していないはずがない。

 先触れを出してもいない、なんてそんなことは。


「大変お待たせいたしました。ようこそファラングへ」


 声とともにギギギ、と音を立てて城門が開く。その中へシグルムからの一行がゆっくりと吸い込まれていった。



「いやぁ、驚きました。お返事をいただく前にご到着とは」

「こちらの不手際、深くお詫び申し上げます」


 ファラングの外交担当に対し、リーシアは深々と頭を下げた。

 着いて早々平謝りすることになるなど想定外もいいところである。

 何が手筈はすべて整っている、だ。

 リーシアは呆れ果てていた。



 事の次第はこうである。

 ファラングとシグルムの戦端が開かれようとしていた時、シグルム側からファラングへ和平の申し入れがあった。もちろん対等とは言い難い二国間のこと、シグルムは戦争回避のための人質を差し出すと言って下手に出た。しかしながらファラングの目的は版図拡大、シグルムの領土を狙っているのであり、人質を寄越されてもむしろ困るだけであった。

 ファラングはシグルムからの申し入れを突っぱねた。平和裏に戦争を回避しシグルムを併合できるならばよいが、シグルムが手に入らないのであればファラングに旨味はない。

 交渉は決裂したはずであった。

 ところが再びシグルムから書状が届いた。ファラングへの献上品をどうか受け取ってほしい、と。

 それに対し、献上品がどれほどのものであろうとファラングがその牙を収めることはない――そう返したはずであったのだが。

 シグルム側からの返答が届く前に、その献上品とやらがやって来てしまったというわけである。



 事情を説明してもらったリーシアは軽く卒倒しかけた。


 ――王妃様が亡くなった途端のこの体たらく……頼みますよ、陛下……。


 要するにシグルムの先走りというかごり押しというか。

 これではとてもシグルムのために、などとは言っていられない。自分の身すら危ういではないか。

 もはやリーシアの人生設計は修正不可能なまでに狂ってしまっている。こうなったら修正ではなく新しく設計し直すべきだろう。あの王や王太子のために命を差し出すのは勘弁願いたい。切実に。

 そんなことを考えながら痛む頭を押さえていたリーシアは、ふとざわめきを感じて視線を上げた。

 一瞬ざわめきが止んだ後、開かれた扉から入ってきたのはリーシアよりいくらか年長に見える青年であった。


「あれ、思ってたのと違う」

「……はい?」


 唐突に発せられた言葉に思わず首を傾げる。何を思いどう違ったというのだろう。というかまずこの男性は誰だ。


「いや、だってさ、色仕掛けのつもりにしてはこう……いろいろ足りなくない?」

「売られた喧嘩なら買ってもよろしいかしら?」


 言外に色気が足りないと言われて笑っていられるほどリーシアも女を捨てているつもりはない。これでも失礼がないように気合の入った装いをしているというのにその言い草はないのではないか。


「あー、そうじゃなくて。ほら、言うなればシグルムからの貢物でしょ? 真面目に交渉する気がないならもっとこう色方面特化で来るだろうと思ってたから、そういう頭空っぽ系じゃないんだなぁって」


 馬鹿にしているのかと言いたくなるが、恐らくそう言いたいのはファラング側だろう。欲しがってもいないものを断ったのに送り付けられたのだから。それもただの品ではない。人間を、である。

 これでファラングの怒りを買ってシグルムへの攻勢が強まったりしたらどうする気であったのだろう、あの王たちは。

 流れる必要のない民の血が流されたかもしれないと思うと、リーシアは怒りを禁じ得なかった。

 民を守らずして何が王だ。

 民のいない国など国とは言えない。

 静かに怒りをみなぎらせるリーシアの様子に青年は興味を引かれたようであった。


「うん、やっぱり頭空っぽじゃないみたいだ」

「……レザリオ様」


 一人うんうんと納得している青年に向かってファラングの外交担当が話しかけた。先ほどまでのリーシアと同じく頭を押さえている。


「なんでのこのことこんなところまで出て来るんですか。しかもそのしゃべり方! 『王妃の器』と名高いリーシア嬢の前でなんと情けない……」

「いや、お前も大概砕けてるけどね?」


 怒られているというのにまったく堪えた様子もなく言い返した青年は、しかし外交担当の台詞を聞き流した後急にリーシアの方を向いた。


「って、え、『王妃の器』?」


 まじまじと見つめられるのは居心地が悪い。どうやら『王妃の器』という表現が自分を指して用いられていることに気づいたリーシアはしっかりと青年に向き合った。


「カトルディ侯爵家が息女、リーシアと申します」


 淑女の礼とともにそう名乗ったリーシアの前で、青年はぽかんと口を開けた。


「リーシア・カトルディ? 本物?」

「そうですが」


 その反応は一体どういう意味だ。


「シグルムって馬鹿なの?」

「……即座に否定できないのが悲しいところです」


 今やリーシアの中でシグルム政府への評価は急降下中である。


「へぇ、くれるって言うならもらっちゃおうか。せっかくの『王妃の器』を使わない手はないし」

「失礼ですが、その『王妃の器』というのは一体……?」

「まさか本人が知らない? 俺でも知ってるよ? 『王妃の器』リーシア――今は亡きシグルム王妃が手塩にかけて育てた後継者。君のことでしょ?」

「王妃様のことをご存じなのですか?」

「シグルムの近隣国で知らない者はいないさ。彼女はシグルムの外交を一手に担う辣腕だった。早逝が惜しまれるよ」


 まさか敵国で王妃を偲ぶ言葉が聞けるとは思わなかった。

 いやそれよりも、どうしてリーシアのことが他国では『王妃の器』などという仰々しい呼び名で知られているのか。

 シグルムにおいてリーシアが大々的に紹介されることは少なかった。もちろん他国においてもである。王太子の婚約者として紹介されたことがなかったわけではないが、それよりも王妃の傍で静かに控えていることの方が多かった。リーシア自身そのことを疑問に思ったことはなかったが、王妃の意図は透けて見える。外交を担う王妃の傍で、知らずリーシアは人を見る目を鍛えられていたのである。

 王妃の傍に控える姿から、また王妃の口の端に上る頻度から、リーシアが王妃から特別に目をかけられ、その後を継ぐであろうという噂話がまことしやかに囁かれていた。シグルム以外では。

 ちなみに、婚約が破棄されずにリーシアが十八歳を迎えていれば、リーシアは広く近隣諸国にお披露目される予定であった。王太子の婚約者として、さらには将来のシグルムの外交を担う者として、である。残念ながら十七歳で婚約を破棄されたリーシアには外交面での実績がなく、よってシグルム政府からは王太子の元婚約者としかみなされなかった。王妃は王妃でリーシアを重用したいけれども立場的にミシアを育てる必要もあり、結果としてリーシアは二年以上も生家で穀潰しに甘んじた、というわけである。

 幸か不幸かそれをひどいことだと指摘する者はいなかった。

 している側が悪意を自覚せず、されている側も悪意を感じ取らなかった場合、さて傍から見れば存在する悪意はどこへ行ってしまうのだろう。少なくとも当事者間にその悪意は存在しないのである。


「彼女が生きていれば、いや、その後継たる君がシグルムにいる限り、少なくともその目が黒いうちはあの国に手が出せなかっただろうね。まったくありがたい贈り物だよ。残されたのは凡庸な王と見る目のない王太子。この機会を逃す手はない」

「……シグルムを攻め滅ぼすと?」

「そうだね。シグルムには消えてもらう」


 シグルムから来たリーシアの前で、青年は平然とそう言った。


「俺もね、先代の遺志は継ぎたいんだよ」


 返す言葉を持たないリーシアにほんの少しだけ困ったように笑って、青年は爆弾を落とした。

 先代、とは。

 このファラング王城で先代と呼ばれ、その遺志が受け継がれるような人は。

 そして、その遺志を受け継ぐような人は。


「……ファラング国王陛下?」

「はい」


 リーシアの呼びかけにあっさりと答えた青年は、今更気づいたという風にぽんと手を打った。


「ああ、失礼。名乗っていなかったか。俺はレザリオ・ウルム・ファラング。今のファラング王で、今日から君の夫です」

「…………はい?」


 どこから突っ込めばいいのか分からない。

 もう少し繊細な神経をしていればきっと失神できただろうに、とリーシアは思った。何のことはない、現実逃避である。



 こうしてリーシアは夫となる青年と初顔合わせを果たしたのであった。


リーシアは王や王太子に人生設計を狂わされたことで失望しましたが、そもそも彼女の人生設計を手掛けたのは王妃なのですよね。リーシアに施された王妃教育は王妃の理想を押し付けたものですし、リーシアは王妃のことを半ば盲信しているので押し付けられても気にしないという。誰が悪いっていうよりみんなお互い様です。ここからリーシアは自分なりの「王妃」を模索します。

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