表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

1.努力が水泡に帰してしまいそうです

短編「私、間違っていますか?」の連載版。

短編ではいろいろな背景設定を極力そぎ落としたので、その補完を兼ねて。

 婚約とはすなわち結婚の約束である。

 婚約したならば、それはいずれ結婚するものであり、ひいては既に結婚したも同然であるとみなされる。

 ゆえに、婚約破棄は安易に行なわれてはならないものである。



 ――と、リーシアはそう思っていたのだが。



 リーシアは、今目の前の状況が嘘であってほしいと心の底から願った。

 願ったが、どうやら事実は変わらないらしい。

 つい先ほど、リーシアは婚約者から婚約を破棄したいと言われた。

 恐らく彼はリーシアに対して誠実でありたかったのだろう。わざわざ今付き合っている女性を同伴してくるその神経はちょっと信じられないが、彼なりの誠意であると思いたい。この婚約破棄に関して、非は彼の方にあるという無言の主張なのだろう。善意で受け取るならば恐らくは。

 件の女性――というかまだ少女――にしても、彼を思いやる様子、そしてリーシアに対して申し訳なさそうな表情を見せることからして、その心根は決して悪いものではないと感じた。婚約者のいる男性と恋に落ちてしまうのは悪いことだろうとは思うが、きっとわざとではないはずだ。少なくともリーシアはそう思いたかった。人の心ほどままならないものはないのだから。

 彼らを責めるのは簡単だが、ではリーシアは何も悪くないのかと言われると「それはどうかしら?」と思うのだ。

 誠心誠意婚約者にふさわしく在ろうと努めてきたが、婚約者の心を掴まえておけなかったのだからたぶん何かが足りなかったのだろう。実際彼が連れて来た少女とリーシアとでは、いろいろと違うようである。人間見た目ではないと声高に主張したところで、如何ともしがたい好みというものはあるのだし。

 だからリーシアは言ったのだ。


「どうぞおしあわせに」


 別に強がりでもなんでもない、掛け値なしの本心である。恋し合う二人がしあわせになってくれれば、この婚約破棄も無駄にはならないだろう。

 ただ、同時に思う――しあわせになれるものならば、と。



 リーシアの元婚約者はこの国シグルムの王太子マリオンである。リーシアが七歳の時、彼の婚約者に選ばれた。

 シグルムの貴族の中ではそれなりに歴史のあるカトルディ侯爵家に生まれたリーシアは、両親と姉弟に囲まれ、何不自由なく成長した。

 なぜリーシアが王太子の婚約者などという大層な地位を得たかと言うと、それは彼の母、つまりシグルム王妃の意思が関係する。他にもいた候補の中からリーシアを選んだのは彼女であった。

 それから十年、リーシアはいずれ王太子妃、ひいては王妃となるべくありとあらゆる教育を受けさせられた。それはまだ幼いリーシアにとって辛く過酷なものであったが、リーシアは耐えた。マリオンが王位を継ぎ、リーシアの頭に王妃の冠が与えられる時のために、そしてその後に続くシグルムの平和と民の笑顔のために、リーシアはできる限りの努力をした。

 見た目の華やかさに惑わされがちだが、王妃や王太子妃の肩に圧し掛かる重責は軽い気持ちで受け止められるものではない。侯爵家の生まれであるリーシアでさえ必死になったのだ。それを子爵家の庶子であり、平民として育った彼女――王太子が同伴した少女のことである。名はミシアというらしい――に背負えるだろうか。いくらリーシアの時とは違ってマリオンが一緒に背負ってくれたとしても――婚約時代、マリオンはあまりリーシアと接しようとはしなかったのでリーシアも彼を頼らなかったのだが――である。

 恋愛感情を真っ向から否定する気はリーシアにもない。だが、国を導く役目を担い、民を守る責務があるからには、恋愛感情だけで動くのは褒められたものではないと思う。たとえミシアが精一杯努力したところで、そもそもの出発点が違うのだからリーシアの十年分に到達するのはいつのことになるだろう。

 王妃自ら推薦しただけあってリーシアは聡明であり、優秀であり、その彼女をもってしても十年かかった「非の打ちどころがない」という評価である。

 どうせならしあわせになってほしいと思う。だが現実はそう甘くない。邪魔者が消えて、恐らく今最も楽しい時期であろう彼らには悪いが、果たしてしあわせになれるものだろうか。リーシアとしては彼女が重責に押し潰されてしまう未来はあまり見たくないので、せいぜい王太子にがんばってもらいたいところである。



 いずれ王妃になるためにリーシアが費やしたのは十年という歳月だけではない。王太子妃となり、王妃となり、王母となる、その未来の時間も含め、リーシアは人生そのものを既に差し出していたと言っても過言ではない。それ以外の選択肢など、王太子の婚約者になった時点ですべて消え失せていた。

 それゆえ、婚約破棄されたリーシアはカトルディ家にとってとても困ったお荷物となってしまった。いずれ王妃になると目された娘が、一転ただの穀潰しに成り下がったのである。王家に嫁ぐ前提で築いた人脈はほぼ使えなくなってしまった。利用価値がないというのももちろんだが、単純に憐れまれて距離を置かれる、というのもある。

 さて、七歳で王太子の婚約者になったリーシアは婚約破棄された時十七歳、花も恥じらう乙女の盛りであった。当然新たな婚約者を探す運びとなったのだが、今度は王太子の元婚約者という肩書が非常に邪魔をした。リーシア側に非がなかったとしても、リーシアを迎え入れることはすなわち王家と微妙な関係になるということであり、せっかくの侯爵家令嬢という肩書が無意味なものとなってしまったのである。非がある王太子側は、どうやら新たな婚約者を王太子妃にふさわしくするので手一杯らしく、リーシアならばなんとかなるだろうと楽観視する始末。リーシアとしても王太子に次の婚約者を紹介してもらうのはなんとなく矜持が許さなかった。そうでなくとも、元々リーシアと釣り合うような貴族の有望な子息たちは既に結婚しているか婚約しているかでとっくに売り切れていた。まかり間違っても婚約破棄されたリーシアが他の誰かにそれを強いることはできなかった。

 高望みしたつもりはなかったが、少々条件を落として再度探してもやはり相手が見つからない。良い出自で売れ残っているのは結婚もせずふらふらしている放蕩息子であったり或いは恋愛結婚がしたいという我がまま息子であったり、選り好みしている場合ではないがリーシアとしては遠慮したい類であったし、良い出自でなければ、侯爵家令嬢としてのリーシアも王太子の元婚約者としてのリーシアも持て余すしかないような弱小貴族たちばかり。これについてはリーシアが優秀すぎるのも仇となった。王太子の婚約者として「非の打ちどころがない」と評価されてしまうような出来すぎた嫁は手に負えないそうである。


 ――どうしてくれる、私の十年。


 未来の人生設計についてはこの際計算に入れない。だが、既に注ぎ込んでしまった十年については、やはり恨めしい気持ちがある。

 さすがにリーシアも、優秀すぎて貰い手がない、などという羽目になるとは思っておらず、生家で穀潰しの毎日を送るのは心苦しかった。当初はリーシアに同情してくれていた家族も、一年が経ち、二年が過ぎると、いつまで家にいるつもりなのかと眉を顰めだした。

 聡明で優秀なリーシアであるが、彼女は幼少の頃から王妃教育を施されている。すなわち、自発的に何かをするというよりも、王を支え、国を支えることに重きが置かれ、言うなれば夫を立てるのがその基本だ。良妻賢母となることを目標としていたリーシアが自らの才覚で何かを成そうという発想にたどり着くのは難しく、とにもかくにも「夫」を必要としたからこそ穀潰しに甘んじることになったのだが、王太子の元婚約者にして生家における現穀潰しというその風評が、リーシアの人生を再び狂わそうとしていた。


恋愛成分多めがよろしいですかね?

ほっとくとたぶんリーシアさんは義務感と責任感で生きていきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ