生姜の匂い
彼岸の時期が近づいても、曼珠紗華が開花をためらうほどの暑さが続いていた。季節が変わる日が来るのだろうかと不安になるくらいだったが、それも久しぶりの雨を境に落ち着き始めた。朝晩は、涼しい風が開けた窓から入ってきて心地良い。
「どうしたの、これ」
帰ってきたばかりの優衣がひょいと何やらをつまむ。かごいっぱいにあふれた取れたての生姜である。ごつごつした根がところ狭しとぴょんぴょん飛び出している。
その大ぶりのかごが二つ。
「るりおばさんがくれたの。採るのは今日しかないって、全部採ったらしい」
奈々央がまだ若い生姜のハカマを取りながら、答える。器用に包丁を使っていく。
「すごい量。お姉、これ全部、今日やる気?」
「そのつもり。新鮮なうちの方がいいと思って」
優衣は信じられないという表情をして、生姜たちの詰まったかごと奈々央を見比べた。そして、ため息を一つついて、普段めったに使わない包丁を取り出し、生姜を手に取る。
じっと見つめて、
「生姜なだけにしょうがないか」
とつぶやき、作業に加わる。
「この生姜、どうするの?」
「そうねぇ。若いのは薄く切って生姜酢漬けにしようかなって思ってるけど。もう年をとっちゃったのは、すりおろし用にしようか」
「梅酢なんかは?」
「ああ、それもいいかも。半分くらいやってみようか」
もくもくと作業していると、なんだか作業自体が楽しくなってきてしまったりする。
家中に生姜のさわやかな、どこかきりっとした匂いが広がる。
奈々央も優衣もこの匂いが嫌いじゃない。
「生姜の匂いって食欲そそる気がする」
優衣がハカマを取り終わった生姜をスライスしながら言う。
「本当ね。油の匂いは許せないけど、生姜の匂いはどうして嫌な気持ちにならないんだろう。不思議」
二人の作業は、日付が変わる頃まで続いた。
いつか、連続短編小説風にできたらいいな、と思います。