04
◇◇
とと、数ヶ月ぶりに耳垢掃除のため近所の耳鼻科まで行く。
家で耳かきができればよいのだが、ダウン症ということもあってか、ととの耳の穴は途中がきわめて細くなっていて並みの耳かきでは対処できないし、いやがって耳に触らせないので、まずしばらくの間はお医者頼みとなりそうだった。
ととは、キッズルームとジュースの自販機にはご機嫌だったが、中待合に呼ばれると急に過去の耳掃除を思い出したらしく
「いや!!●×★※ーんもん!!」
と半泣きで言語にもならない文句を垂れつつ座り込んだ姿勢のまま、だんだん外待合の方へと逃げて行く。
レスリングでもやらせたくなるくらいの粘り腰。
とにかく中に入る意思がまったくないので、床からはがすことができない。
しまいには、ヨシコの背中にぴきーん、と熱い激痛が走る。
もう再起不能……そう諦めかかった瞬間、ととの力がふっと抜け、どうにかヨシコは彼を床から引きはがした。人目も何もあったもんじゃない。やっと抱えあげて中待合に戻る。
すでに泣きが入っている彼をしっかりと抱きかかえて、永遠の時を待ち続け、ようやく診察室に呼ばれた時にはどちらも汗まみれ。
診察台の上に寝かせられたとと、青い幅広のマジックテープつき簀巻きベルトを上半身、腰から膝まで、そして膝下にも巻かれて、いよいよ観念したように目をつぶる。
看護士さんが二人して顔を押さえて、ヨシコも一応足を押さえ、
「こわくないよー、いたくないよー、もう終わるよー」
と呪文のように繰り返す中、お医者さんが極細ピンセットや極細吸引機などでがさごそと耳の中を掃除してくれる。
耳の中のものすごい耳垢と掃除の様子が、脇のモニターで見られるようになっているが、取られているととにはもちろんそんなものは見えていない、ひたすら叫びまくる。
それでも5分か10分で、両耳掃除終了。
顔を真っ赤に激泣きしていたとと、耳掃除用の漏斗が外れると急に真顔に戻り
「あり? おわった」
と冷静なコメント。
帰る時にはもうびっくりするほどご機嫌は直っている。
2ヶ月に1回は来てください、と常々言われているが、毎度毎度激しく泣かれるので、つい足が遠のいてしまう。しかし、4ヶ月以上間が開くと耳垢を溜まりすぎ、うまく取れないので余計に時間がかかってしまう。
背中に激痛を覚えながら、ヨシコはととの手を引いて憂鬱医院を後にした。
彼はすでに耳鼻科備え付けの自販機から買ったイチゴオレを飲んでニコニコ顔だった。
◇◇
ずっとテレビを観まくっていた三きょうだい、ついに眼が四角になってきたのでヨシコは日曜の午後、ようやくの晴れ間に外に連れ出した。
近くの山にのぼって、標高150メートルほどの尾根で休憩。
荒れてしまったミカン畑に木に生ったまま放置されているミカンがあちこちに。珍しく欲しがるとと。自分で取ろうとしていたので、小心者の兄が
「それじゃドロボウになっちゃうよ」
と心配していたが、ふと思いつき、自分が家から持って来ていたミカンを手に隠し持ちながら近づき、木からもいだフリをして、ととに手渡した。
取ってもらったと思い、ととは飛び上がって大喜び。
もう一つ欲しがる前に慌ててミカン畑から離れる。
それにしても、以前と比べて、このような山遊びも一緒に楽しめるようになったのは、ヨシコにもとても嬉しい成長ではあった。
途中でみんなしてかくれんぼも楽しめたし。
しかも山が少しだけ怖いナミキ家のきょうだいは、いつも一緒に同じ所に隠れるのでとても見つけやすいのであった。
◇◇
少し前から、寝る前の絵本読みをやるようになったヨシコ。
といっても自然発生的な寝しなの行事なので、ヨシコの都合によっては急遽中止や雨天延期もあり得るので御了承下さいなのだが。
子ども等には、
「さあ、本読んで寝るよ。今日は何読んでほしい?」
とだいたいそんな風に声をかけるのだが、今までのととは、兄や妹が大急ぎで絵本を持ってくるのを尻目に、1人で好き勝手なことをしていることが多かった。
しかし、ようやく本を選んで「これ!」と持ってくるようになった。
とはいっても、読んでやろうとすると、さっとひったくって逃げてしまったり、途中で逃亡したり、他のきょうだいからブーイングを食らうことも多々。
いつぞやの晩はなぜか、キティちゃんの人形をひとつ手にして絵本は
「のでのでので」by 五味太郎
そして、なんと自分で「の、て、の、て、の、て」と声に出して読み始めたでは!!
そしてその後さらに続けて作り声で「の、て、の、て……」とやっている。
どうもキティちゃんの声の役もやっているらしい。
結局、とと&キティちゃんでそこからずっと絵本を読んでいた。途中で飽きて飛ばし読みになったけど。
絵本といえば、五味太郎がお気に入りの彼。
家にあるのは数冊程度だが、その中でも小さな本ながら
「たべたのだあれ」と
「かくしたのだあれ」が大好き。兄も妹も好きだったが、ととはよく本棚からその二冊を出してくる。
ケイちゃんも面白がって、ととに読んでやったりする。ひとつひとつ、
「××たべたの、だあれ」
と聞いていくと、ととは真剣な顔して
「これ」
と絵を指差す。
そして必ず最後のページ、著者のポートレイトが載った部分をみながらケイちゃんが
「ゴミタロウたべたの、だあれ」
と聞く。お約束ですので。すると、ちゃんとまじめな顔で
「これ」
と肖像写真を指差すとと。
だからそれはゴミタロウ本人ですってば、とヨシコはその都度突っ込んでいる。




