04
◇◇
いつもどたばたしている母ヨシコ、それでも久々に可愛い次男と二人きりでお風呂に入る。
しみじみとした空気の中、ととや、と声をかけると「ん?」と返事したので
「幼稚園はたのしい?」
と聞いたら、少し考えてから、うんうんと大きくうなずいた。
(何、ちゃんと聞いてるぢゃん!)うれしくなってヨシコは更に聞いてみる。
「今日、プールやった?」
人の顔は見てないが、またもやうんうんと頭を上下するとと。
(待てよ……)ヨシコ、質問を替える。
「今日のおひる、パン食べた?」
またもや大きく、自信たっぷりにうなずくとと。
「あの……お昼ご飯給食のはずなんですけれど」
ヨシコのむなしいつぶやきに、うなずきマン・ととは、またうんうんとうなずくのであった。
◇◇
その週末は幼稚園の運動会であった。
ととの通う幼稚園は田舎のごく小さなもので、園児も30人かそこらしかいない。長男も3年間そこでお世話になったし、ととも昨年は兄貴と一緒に幼稚園生活を送っていた。
規模の小さな園の強みで、『療育』というくくりに関わりなく、ととは色々な行事や日常生活を他の子と同じように送ることができていた。
ただ、入園時に園と保護者とで確認していたのが、手のかかる行事の際には保護者にも積極的に参加してもらう、という点。
ヨシコもだんなのケイちゃんも、そこは止むを得ない、ということで遠足やプール開きなどにも積極的に参加していた。
それでも園も何かと気を配ってくれ、徒競走、リレーなど、去年は伴走の先生がついて下さった。今年はどうだろう、ヨシコが心配げに本部を覗いていると、主任のムラタ先生がマイクを片手にちらりとこちらを向いて、大きくオーケーサインを出した。
その日ととは、結局全部一人きりで走ることができた。
おわりのことばも、5人で並んで立って(体の小さい彼のために、先生が抱えて台に乗せてくれたけど)、4番目にマイクを差し出された時、
「みなさま、たくさんのおうえん、ありがとう、ございました」
というセリフの紙を頭上に出してもらい、先生が一区切りずつ言ってくれるたびに、マイクに向かい、
「う、う、う、うー……た」
と声に出した。
「とと、しゃべってるよ……」ケイちゃんは身を乗り出すように、ずっとその様子を見守っていた。
ケイちゃんもヨシコも、すっかりビデオを回すのを忘れていた。
◇◇
朝、小学校へ行く長男を玄関まで迎えに来てくれる二年生の少年がいた。
まじめで面倒見がよい。そして礼儀正しい。
今朝も元気に「おはよ~ございま~す」と玄関先に立つ。
で、急に何を思ったか
「ととちゃん、だいじょうぶ~?」
と続けたので、先日ととがひいてた風邪のことかと思い
「大丈夫だよ」
と答えると、
「ととちゃん、だうんしょうだ(から)」
と大まじめな顔で言って、長男の手を引いて、出かけていった。
きっとお母さんか誰かに教えてもらった語彙なのだろうが朝から
「ダウン症だね」
などと言われても、
「そうそう」
などと受け答えてもいられない内容で、いや~、まいったよオバサンは、とヨシコはいつまでも何だかなーみたいに玄関先で身をよじっておったげな。
ちょうど会社に出ようというケイちゃんにヨシコは聞いてみる。
「ねえ、ダウン症ってビョウキなのかな」
「しらね」
ケイちゃんはばっさり一言切り捨てて、じゃ、行ってくらあ、と颯爽と出かけていった。とにかく、自分の分らない事、理解を超えそうなことについてはあまり深く考えないことにしているダンナだった。
まあそれはヨシコも、似たりよったりではあったが。
少しグズグズ傾向のある長男ならば、どういう反応をするのか、ヨシコは考えてみた。これから弟が他の学校に通う、ということがちゃんと理解できるのだろうか。片田舎ゆえ、地域では知らない人もいない小僧ではあるし、どうして同じ学校に来ないのか? などと聞かれることもあるだろう。そんな時、頼りないようなしっかりしてるようなよく分からないやつなので、
「そんなコトボクに言われてもこまるよ~」
などと、やはり大まじめで受け答えするのかなあ、って想像したり。