03
◇◇
陽射しもつよい、ある五月晴れの午後。
庭で、ととは大好きな水遊び。
自分で、すこし離れたところにある蛇口をひねり、長いホースを巧みにあやつり、三つのバケツに次々と水をためては、ペットボトルでくみ出したりして、遊んでいる。
ヨシコはこの季節が好きだ。水遊びの最中は、ととはめったに遠出はしない。服もぬれるので、遊び終わったあとは、必ず家の中に戻ってくる。
……というわけで、ヨシコはまた、油断してました。
あまりにも静かなので、ふと庭をのぞいてみてびっくり仰天。
なんと、ととは停めてあった車のマフラーにホースを突っ込んで、ぼしゃぼしゃと水を注ぎいれているでは!!!
ヨシコははだしで飛び出し、頭をパッカ~~ンとはたく。
泣き出しそうなととを尻目に、とりあえず、キーをひねってみる。
無事、エンジンはかかり安堵の吐息。
しばらくの間、マフラーから勢いよく水が噴出、そのうちに、マフラーから流れ出る水は徐々に少なくなり、ようやく最後の一滴が落ちて水芸終了。
気のせいか、翌日からエンジンの調子が少し……よくなったような気が。
すっきり丸洗いは、思いのほか効果あったようだ、とヨシコは周囲に吹聴したそうな。
◇◇
この頃、12ピースのパズルができるようになっていた。学ぶことはとても楽しいらしい。何度もなんどもパズルを組んでは、出来上がる度に得意そうに家族に見せてくれる。
週に一度の午前中、幼稚園の前に他学区の小学校に併設された『ことばの教室』へ。
先生が描く○△×などの図形を真似して描く、サンプル図にある通り木製のビーズを4つくらい綴じ紐に通す、20種類くらいの絵が並ぶボードの上に同じ絵の札をあわせて乗せる、などの作業を先生とふたりきりの部屋で訓練。
図形をマネするのは、はじめ意味がわからず、先生が描いた図を塗りつぶそうとしたりしたらしいが、先生が手をとっていっしょに描かせたら
「ああ!」
みたいな表情になり、次からはマネして描くのをし始めたそうで。
×はクロスさせるのに苦労したらしい。
それでもなぜか、×には大興奮だったと。
いくつもいくつも、ととは×を重ね描き。
ナミキ家の居間は、×の書かれた雑紙で埋め尽くされつつあった。
◇◇
夜のねしなに、きょうだい3人布団の上でドタバタ遊んでいる。歳が近いせいもあって、この時間は特に、ナミキ家は合宿所のような騒ぎに。
その晩も、3人はもつれ合ってかくれんぼと鬼ごっこと生存競争とのミックスを繰り広げていたのだが、そこにどうしたことであろう、ととが掛け布団にもぐりこみ、頭だけ出して急に
「にーちゃーん!」
と、はっきりと、叫んだ。
妹のぴかのことは、「かー!」とか「あろよー!(意味不明)」とか呼ぶことが時々あるが
一歳年上の兄を自発的に呼んだことは、今までなかったので、みなびっくり。思わず動作が止まった。
兄が「わー」と顔を真っ赤にしてととを抱きしめた。
「うれしーよう。はじめてだあ。なんだかととのことすごーくすきになってきたぁ」
てことは、今まで好きじゃなかったのかい、とヨシコは思わず突っ込みそうになったがぐっとこらえて、
「そりゃ、よかったねえ」
といっしょに喜んでみた。
兄にとって、ことばがうまく通じない、遊びのルールがなかなか飲み込めない弟、というのはやっぱり「嫌い」まではいかなくても、扱いにくいものであろう。
年が近いからなおさらかもしれない。
妹は、いつも案外うまいこと次兄と遊んでいるという感覚だった。
というより、『操っている』といったほうが早いのか?? ヨシコの疑惑が束の間、頭の隅をよぎる。
◇◇
ある晩のこと。とらがうたた寝から覚めて
「いま、とてもかなしいゆめをみた」
というので、どんな夢、とヨシコがきくと
「ととが、いえでしちゃうゆめ」と。
ヨシコははっとする、
「ととをちょっと見てて。どっか行かないように」
って毎日のように兄貴に声をかけていたものだから。