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02

 ◇◇


 とと、新しい運動靴を買ってもらう。

 早く履きたくて仕方なく、

 そっとひとり履いてみて、

 何度もなんども履いてみて、

 とうとう夕方暗くなってからそいつを履いて家出。


 しかし、ヨシコだって油断していない。新しい靴を買った時には用心を怠らず。

 カラカラと玄関の開く音ですぐ気がついて、ヨシコはさっそく台所から飛び出した。

 とともそんな母にすぐ気がついたようだが、そのまま出かけようとしている。

「どこ行くの?」

 とヨシコが聞いたら

「しっ!」

 と人差し指を突き出してヨシコを制す。顔つきはいたって真面目。


 いつもこっそり出かけていくので、忍びのクセがついてしまったらしい。


 ずっと抜き足差し足、忍び足のままずっと夜道を行くとと。

「もう暗いから、帰ろうよ~」

 と呼びかけると、ととはまた

「しいっ!」

 と怒る。それもひそひそ声で。


 仕方ないので、ヨシコは一人で家に帰ろうと向きを変える。

 でも少し家の方に戻ってからちょっと心配になって、暗がりの中、電信柱の影からそっと見守る。

 しばらくは独り、ととは新しい靴とともに夜道を行く。

 家から離れること百メートルあたり、ととは急に、母がついて来ないのに気づいて立ち止まった。

 しばしぼんやり佇んでいたとと、さすがに寂しくなってしまったらしく、大急ぎで、それでも足音忍ばせながら走って戻ってきた。


 その姿に何だか急に愛しさがこみあげてきたヨシコ、

「わっ」

 と暗がりの影から飛び出してみると、

「だから、しいっ!」

 てな感じで結局また、ととに叱られたのであった。


 ◇◇


 二年になっても連絡帳には色々な学校での様子が書き込まれている。

 一番多い項目はなんと言っても『日常生活』の指導だろうか。

「食事の際、にぎり箸で食べるので(しかも左右どちらでも)、よかったらエジソン箸というのを買ってみてください」

 とのこと。


 一番の押さえどころは、子どもが『見通しをもって』『他を意識しながら』暮らしていけるように、という所だろうか、箸の持ち方一つとっても、今後快適な日常生活を送るためには必要なスキルではある。

 ヨシコは連絡帳を何度も読み直す。

 しかしヨシコにとっても「ここの所苦手かも~」と頭を抱えてしまうのであった。見通しをもって、というのがまず刹那的に生きるヨシコには苦手な分野であり、他を意識、というのもマイペースな彼女にはかなり辛い。

 しかし子どもの今後のためには、少しは真面目に取り組む必要がありそうだ、とヨシコはぐっと拳を握る。


 とりあえず簡単な所から取り組んでみよう、と学校の先生に薦められた『エジソンのお箸』なるものを買った。

 一膳980円を二膳。ひとつは家庭用、もう一膳は学校用。


 夕食時、早速ととに見せると、「おお!」としきりに感心。

 とりあえず手にとってまず何をするかと思えば、はさみのように構えて

「がぁ! がぁ!」と。これはアヒルの真似だな、ヨシコすかさずととにデコピン。

 正しい持ち方を教えると、すぐに呑み込んだとと、熱心に餃子を挟んで食べ始めた。

 箸の先端が少し広く平らになっているので、さぞ挟みやすかろうと思ったのだが、餃子のように大きくて滑りやすいものはやはり、大変なようす。

 次にご飯。箸の角度が微妙にずれるし、薬指と小指がなぜか開いてしまうので、ご飯がポロポロこぼれ落ちてしまう。

 そのうちに、疲れてしまったのか箸を放り出し、しばし明後日の方を眺めていたとと。

 ヨシコが次に見てみたら、いつもの箸で握り箸、そのままご飯をかっこんでいた。無理な作業ですっかり疲れ切り、腹が減ったらしい。

 結局、その晩メシには一時間以上もかかってしまった……


 ヨシコは連絡帳に書いた。

「例のお箸を給食用に持たせましたが、先生、いいんですか、ホントに?」

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