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03

 ◇◇


 しかしそれでも夜中に逃げ出すクセはまだ時々あったりなんだり。

 出先でも相変わらずすぐいなくなることばかり。

 ことばで自分の意思がうまく通じないのと、何でも自分ひとりでやってしまおうとするのとがうまく合体して、とにかく気がついたら、もういなくなっている、気がついたらとんでもないことになっているという出来事が多発。


 出先でなくても困った事態はいくらでも発生。


 少し前にもこんなことがあった。

 広場で凧揚げをしよう、と学校で作った凧を持ってヨシコを表に誘う。家のすぐ前が広場なので、こう言う時に便利というかメイワクというか。

 やたらに糸を操りたがるととに、

「そうか、学校でも凧揚げしたんだったね(連絡帳には『名人のように揚げていた』と書かれていた)」

 と、渡してやったらいたく喜び、凧たこあがれ、天まであ~がれ! とばかり大興奮。

 確かに糸の操り方がうまく、ヨシコが少し手を貸しただけで凧はあっという間に白い三角形と化して天高く上がっていった。

 しかし、その白い三角がぽつりと小さくなった時、ととは何を思ったのかぱっと手を離してしまったのですじゃ。

 もう、あわてて追いかける母・ヨシコはまるでマンガの世界の人。


 ロシアの非常事態省に協力をお願いしたいくらいだ、ヨシコは『本気』と書いてマジだった。


 ◇◇


 それから数日後。

 いつものように、とと、急に1人で外へ飛び出す。

 ヨシコが待ちなさいと言っても待つはずもなく、見守るうちに前の広場に入って、1人楽しく砂あそび。

 しばらく放っておいたが、ためしに

「とと~、もうごはんだよ~」

 と呼んでみる。

 今までなら何の反応もなく、結局ヨシコが連れ帰りに出て行くことになるのだが、この日はなんと数回目に、


「ぁん!」


 と反応。そして、とことこと帰って来たのであった。

 戻ってきたところにヨシコが「お帰り」と声をかけると、ととは少し照れたようににやりとして家に入って行った。


 苦節数年……ようやくことばでの反応が出来てきた感動に、ヨシコは

「パブロフの……いぬ」

 と呟きながら打ち震えていた。だからそれは違う。


 ◇◇


 その頃、寝る前に「え、お、ん」つまり絵本を読んでくれ、とよく持ってくるように

 。

 これも学校教育のおかげ。ありがたやありがたや、とヨシコは学校に手を合わせていた。しかし、ととがその晩「え、お、ん」と持ってきた本はなんとヨシコが近頃はまっていた武田百合子の「富士日記(中)」だった。

 もう下巻を読んでいたヨシコ、とりあえずそれを貸しといてやったのだが、とと、布団の中に本を持ち込んで、開いては「あはははははは」と大笑い。

「そこまでは面白くないぞ」

 言いながらもヨシコはととの横に添い寝。

 それでも、自分の読んでた方をあとですぐ読めるように伏せて枕元に置いたら、ととも自分のを真似して伏せて置き、時々頭を持ち上げては片手でなぜなぜしては、本のあるのを確かめている。

「真似するなー」

 ヨシコは笑いながら彼の背中をとんとんと叩いて眠りにつかせていったのだった。

 もちろん自分も一緒に寝てしまい、読みさしはすっかり頭で押しつぶしてしまっていたが。


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