とと六歳・1年生になったら、の春 01
とと画・たぶんおそらく猫
◇◇
入学準備にあわただしい春休み。
養護学校からの家庭調査票を記入していて、ヨシコはふと手を止める。
『過去の捜索状況』という欄。
これは、思い当たる節が多すぎて……現在進行形だし。
さすがに外出先ではかなり用心していたし、地元では田舎ゆえ警察沙汰まではなかったのだが。
それでも春休みから、いきなり『現在の捜索状況』は欄を埋めつつあった。
近所のキタジマさんちタクくんが一人遊びに来た。兄と妹とその友が外で遊んでいるので、つられてととも外に。
ヨシコが少し目を離して洗濯機と格闘している数分の間にまたも逃げられた。
今度は完全に見失う。
とりあえずうろうろ近所を探し回るうちに、なんと、遊びに来ていたタクくんのお宅から「ととちゃんが来てるよ」と連絡。と同時にそのお宅の庭から奴の雄たけびが。
なぜ遊びにきてくれた子どものうちにわざわざ速攻訪問返しなのか? ヨシコには謎な行動だった。
そしてお隣訪問も、時おり地道に活動展開中であった。これも忙しいヨシコは気づかず、お隣の誰かがととの手を引いてナミキ家を訪ねてくる、というパターンで発覚、ということが多い。
ある日、電話台の引き出しをゴソゴソと漁っていたとと、いつになく真剣にいつまでも何かを探している。
特に何かを壊そうとしている訳ではないようなので彼を放っておいたヨシコ、次に見た時にぎょっとする。いつの間にかととはこっそりと玄関で靴を穿いて外に出ようとしている。
「待て~っ」
あわてて追いかけると「ぎゃは」といいながら手をグーにして表に逃げていく。
ようやくつかまえて手を開かせると、ととは手の中に35円握りしめていた。
近所の菓子屋に行こうとしたらしい。
実はきのう、ヨシコはととを連れてお菓子を買いに行ったばかり。
親とやったばかりの行動をすでに一人で実践しようとする、その素早い前向きさに、ヨシコはめまいを覚えるのであった。
「……35円、って何」
◇◇
それでも、手伝いも進んでやってくれるようにはなっていた。
でっかい包丁を出してまな板の上に残っている野菜を適当に切ったり(これはいつも家族の誰かが発する悲鳴で終了)、お茶碗や箸を運んだり。
よく気もついて、誰かが咳をすると背中を叩いてやったり妹や兄のコップや茶碗をわざわざ本人に渡してやったり。つまり、けっこう世話好きのタイプなのかも。
◇◇
4月。無事に養護学校の入学式が済んだ。
養護学校は、今までの居住地ではない、かなり離れた場所にあった。
県立ということもあり、小中高一貫の広域校として整えられており、児童生徒数も地元の田舎学校よりはずいぶんと多く規模も大きい。
入学式は小中高すべての学部一斉に行なわれたので、なかなか盛況であった。
どうしても大きい声を出してしまうお子さんもいて、その子が何か叫ぶたびに、ととが振り向いて「しっ!!」とガン飛ばしている。ヨシコはその度に彼の口にぱっとフタをしていた。
「高校生にケンカ売ってどうする」
そう小声で制しながらも、ヨシコはついつい会場の中を見回してみる。
この中に、ととが成長した時の姿があるのだろうか。
新入生のあいさつ、高等部に入った生徒さんが立派なスピーチをした。
「技能をみがいて就職に活かせるようになりたい」
そのことばに、思わず小学部の保護者からどよめきが起きていた。ヨシコもおお! と驚きながら、果たしてととはどこまで、『社会に生きる人』に迫れるのか……と、脇で時おり『静粛に!』行為を繰り返している彼をぎゅっと抱きしめた、
というかハタから見たら単なる羽交い締めですが。




