お嬢様が源氏物語ネタで先生に無謀な戦いを挑み返り討ちに合う単元
「ねえ先生、私を、『若紫』と呼んでくださって構いませんことよ。私は理解しているわ。先生、私に対して光源氏計画を発動なさってらっしゃるわよね。いいのよ、私は先生にとっての紫の上になるのですから。」
誰だよ、この下手くそな丁寧語教えたの。あ、教えてないけど責任者は俺か。
俺は深呼吸をし、続ける。
「源氏物語をぐぐったんですか?」
「わかる?」
「わかりますよ。しかし、よくもまあピンポイントで紫の上を引っ張ってきましたね。」
「だって私、先生好きだもん」
唐突に脇腹へ言葉のドスを平気で突き刺してくるなお嬢様。はい俺、もう一回深呼吸。がんばれ俺。
「お嬢様、その物語が国内の評価で色々あるのはご存知ですか?」
「うん、知ってるよ! 津田梅子先生が、『こんなクソポルノ小説の英訳なんかできません!』ってぶち切れたお話とかでしょ!」
「なにか色々と偏っていますね。それは横においておきましょう。そんなこと言ったら、お嬢様が大好きな与謝野晶子先生だって相当なものでしょ?」
「先生、私の事をバカにしてる? 源氏物語は日本最初のラノベで紫式部先生は歴史上最初の腐女子で、晶子先生は『やは肌の歌人』の異名を持つ、当時のエロ同人先達さまよ。私たちの大先輩なのよ!」
「そうですか。そういうカテゴリーがあることまでは存じ上げませんでした」
「そうよ! 式部先生や晶子先生に比べたら、清少納言やら、樋口一葉やらとかは、爪の先のゴミクズよ!」
「だから、自分の嗜好にあわない人をボロクソ言うのはやめなさい。マジで怒られますよ」
「ところで先生、こないだ、日本は昔のほうがお変態さんだと言ってたよね」
盆踊りの話を覚えていたかこの娘。仕方ねえなあ。
「私は盆踊りの時に未亡人の家に列が出来る話じゃなくて、もっと違う話を聞きたいの!」
さいですか。
「それではお嬢様。『東海道中膝栗毛』ってご存じですか?」
「知ってるわよ。国語の教科書に載っていたかしら。やじさんきたさんよね」
「はい、で、やじさんきたさん、ガチホモです」
「マジ?」
「マジ。やじさんはだらしがないお金持ち、きたさんは『陰間』という男娼のお店で働いていた方なんです。今でいうところの、ヒヒジジイがキャバ嬢連れて温泉旅行というノリですね」
「一気に伊勢までの道中がノクタになるわね」
「そんなもんですよ。江戸時代までの日本は」
お、お嬢様をいじめるネタ思いついた。
「ところでお嬢様、全身を蛸に絡まれるってのは、普通ですか? お変態ですか?」
「え?」
「お嬢様の上で蛸の触手がでろんでろんというのは普通ですか? お変態ですか?」
「え? え? え?」
「あ、蛸がお嬢様の後ろにいますよ」
「やだー! 先生助けて怖い!」
俺はいつもの様にお嬢様を抱っこして続ける。
「お嬢様、女性と蛸の絵は、「富嶽三十六景」で有名な葛飾北斎も描いているのです。触手大好きお変態さんは、日本独自の歴史あるお変態さんなのですよ」
「由緒正しいのね」
「それに、お嬢様が大好きな漫画なら、既に12世紀くらいに「鳥獣戯画」という、ケモナー垂涎の絵画があるのです。それくらい日本は想像力たくましいお変態さんなんです。ね、まずは知りましょう。この国には色々な宝物が、歴史の中に埋まっていることを」
「わかったけど蛸と触手気持ち悪い」
「どうします? お昼ごはんは蛸のマリネですけど」
「頑張って食べるわ。だからもう少し抱っこしてて先生」
こうして俺はお昼までお嬢さまを抱っこする。