最終話 大切なのは、
「知ってた?オレの初恋、皆実なんだよ」
帰り道、ポツリポツリと灯る電灯の下を歩きながら、呟くように圭祐は言った。
「………知ってるよ。私の初恋も、圭祐だもん。」
特別驚く話でもなかった。
保育園の頃は幼いながら、“両思い”だったのだ。
出会ったのも、ちょうどその頃。あのときはお互い何人も好きな子がいて、だけど1番は君、って感じだった。
「ラブレター、書きあってたりしたよね」
「あー、あったな」
「おはようと一緒に、手紙渡し合ってたじゃない?渡した後に、それを読んで笑ってるアンタ見て、嬉しかったの」
恥ずかしかったから、渡したらすぐに先を歩いたんだ。だけどやっぱり気になって、後ろを振り返ったら、読みながら照れて笑う圭祐を見て、私も嬉しくなったのを覚えている。
小さかったクセに、いっちょ前に恋、してたんだ。
「それからずっと、皆実はそばにいたじゃん?オレが他の奴と付き合ったり、オマエが誰かを好きになってもさ。……距離、変わんなかった」
「………圭祐、何気にモテてたもんね。」
「まーな」
そう言って、圭祐は少し鼻を高くして笑った。
思い返せば圭祐はずっと近くにいて、女友達とは違う、別の意味ですごく大切な存在だった。
家族より、友達より、恋人よりも―――なんだか違った特別な存在で。
うらやましいって、よく言われるのも、少し得意だったの。
「………今日、さ。杳ちゃんに告られた。」
(杳……)
圭祐に対して、私が、ずっと避けて来た名前だ。
「……………返事、は?」
返す言葉が見つからなくて、でも返さない訳にもいかなくて、出した言葉だった。
聞くの、怖いことなのに。
「―――例えば、オレがOKしたとしたらさ、今の状況ってまずいよな?」
「……うちらが一緒に住んでること?」
「そう。」
私の質問に対する答えは無かった。代わりに始まったのが例え話で、私は意味がわからないまま、だけど“今の状況”の指す意味は分かったから、それには答えた。
「そしたら、一緒には暮らせなくなるよな。そんでその子と同棲とかして、結婚とかすんの。」
「……するの?」
「例え話。現実はおいといて、シミュレーションね」
「………?」
そこ、答えてくれないと気になるんだけど。
しかし、どうも彼は答える気はなさそうだ。
「オレ、両親あんなだし、あったかい家庭なんてもんじゃなかった」
「…………うん」
圭祐の両親があまり上手く行っていないのは知っていて、彼が家を出たがっていたことも頷けた。
だから人一倍、彼が家族に憧れを抱いているのも感じていた。
「だから、おかえりって言われる家って、憧れだったの。」
「………おかえり?」
「ん。バイトで疲れて帰ったら、皆実がご飯作ってオレを迎えてくれるだろ?オレが早く帰ったら、同じこと、皆実にしてた。」
「……うん」
「そんなのに、縁無かっただけ、すげ幸せ感じてた訳。此処オレの家なんだなーって思えて」
「…………」
「それが無くなったら、寂しいんじゃないかって思ったら…」
すう、と圭祐が息を吸い込んだのが分かった。次の言葉を、導くように。
「ずっとこのまんまでいたいなと、思って。だけど最近皆実の様子やたら変だし、明らか避けるてし。だからコレはオレの考え、伝えとこうと思ってさ」
「杳の告白は…どうしたの?」
「どーしたと思う?」
「――答えてよっ!はぐらかすな!」
「はは、断ったに決まってんじゃん」
「…………そ、か………」
安心、した。私はホッと胸を撫で下ろした。
私だって嫌だよ。圭祐が誰かと付き合ったら、私はあの生活は続けられない。いつかはそんな日が来るんじゃないかって思ってはいたけど、きっと考えないようにしてたんだ。
「………私も、さ」
「ん?」
「…今日圭祐が私より早く起きてて、朝ご飯置いてあって、それ食べたの。自分ずっとそうしてきたくせに、すごいなんか……寂しくて……嫌だった。」
「やっと分かったかコノヤロ」
「……うん、ごめんね」
そう言ったら圭祐は笑った。その笑顔が、いいよって言ってくれてる気がして安心した。
「何でオレ、避けられてた訳?」
じ、と目を真っ直ぐ見つめられながら、尋ねられた。
朝みたいに、私もそれを逸らすことはなかった。
あの時とは違う、確かな答えを見つけたから。もう怯まない。
「杳が、ウチに来たいって言ってるのを聞いて、ソレを圭祐から聞くのが嫌だった…
ってのが一つ…。」
「オレ、断わったよ?」
「……へ?」
「中庭ん時だろ?最後まで聞いてなかったんだろオマエ」
「…途中で、逃げた…」
「ほらみろ、変な足音聞こえた。人の話は最後までちゃんと聞きましょう。」
「―――ハイ…」
私が聞きたくなくて避けてきた言葉、今日まで聞かずに済んでたのは、私が逃げ切ってた訳じゃなくて、最初から存在してなかったって、そんなオチ?
全部私の勘違いとか、思い込みとか。なんだか一人で遠回りをしていたみたい。
「―――で?他は?」
続きを促すように、圭祐が尋ねる。
私も深呼吸を一つして、それに応える。
「……距離感がね、難しくなって。」
「キョリカン?」
「圭祐は、本当に大切な存在なんだって、自覚して、大事に思えば思う程、なんか…どうしていいかわかんなくて、遠ざかっちゃった――みたい」
「みたいって」
曖昧な感じに彼は呆れ顔。
私自身も、実際のところよくわかってなかったのだ。
圭祐を真っ直ぐ見れなくて、嫌われたくないだとか、杳にヤキモチ妬いたり、そんな感情が渦巻いて、勝手なことばかりしてたよね。
だけど気付いたんだ、誰よりも大切な貴方の前で、自分を繕っても意味がないってこと。
こんなに近くにいるのだから、いつでも正面から。今まで通りずっと。
「……距離感、ね。………あの時、目が覚めたら、皆実の顔がこんな近くにあった」
こんな…って言いながら、顔の前でジェスチャーした。
「―――酔っ払って帰ってきた、時?」
「うん。超びっくりして、後ずさったらベッドから落ちた。なんか恥ずかしくて、無かったことにした、ごめん。」
「………うん」
「………それが、そんな感じ、だろ?近すぎて―――確かに難しい。難しいけど、やっぱりそれで離れようなんて思わないよ」
キッパリと、彼は言った。
「皆実は、オレの良いとこも悪いとこも、全部知ってる。――こんな居心地がいい場所、他にねーからさ」
クシャリと、頭を撫でられた。
―――確かに今、同じ気持ちが見えた。
こんな幸せなことってない。
目まぐるしく変わっていくこの世界で、変わらない物を探して行きたい。
それは宝物。
永遠なんてない、そんな言葉に勇気を与えるような。
変わらない物は、きっと此処にあるんだ。
* *
バチーンと大きな音が響いて、すぐあとにドアが開いて圭祐が帰って来た。
半ば呆れ顔で、私は彼を迎える。
「……また?」
「おう。あたしとあの子、どっちが大事なのよー!って」
「何て答えたの」
「勿論オマエ。」
「…そりゃ泣くわ」
「だってそーじゃん。皆実は次元が違うのにさ。オレが大切だって思ってる人を、認めてくれないようなヤツはダメだね」
「そんな人いるかな」
「居なかったら一生このまんまだ」
「「…別にいいけどね」」
「「……………ふはっ」」
声が、言葉が重なって、顔を見合わせて二人して笑った。
こんな出会い、きっと二度とない。
失くさないように。私たちは私たちらしく、これからも、ずっと。
202号室
私が私で、居られる場所。
ここまで読んでいただいてありがとうございます!
「本編」成るものはこれにて終了です。
番外編がぽつんぽつんと続いて、本当の意味(?)での最終話がまたあります。
(なんでか私はそういう構成をとりたがる性質なので…)
よければそこまでお付き合いくだされば嬉しく思います^^