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202号室  作者: 紫雨
本編
8/16

最終話 大切なのは、


「知ってた?オレの初恋、皆実なんだよ」


 

 帰り道、ポツリポツリと灯る電灯の下を歩きながら、呟くように圭祐は言った。


「………知ってるよ。私の初恋も、圭祐だもん。」


 特別驚く話でもなかった。

 保育園の頃は幼いながら、“両思い”だったのだ。

 出会ったのも、ちょうどその頃。あのときはお互い何人も好きな子がいて、だけど1番は君、って感じだった。



「ラブレター、書きあってたりしたよね」

「あー、あったな」

「おはようと一緒に、手紙渡し合ってたじゃない?渡した後に、それを読んで笑ってるアンタ見て、嬉しかったの」




 恥ずかしかったから、渡したらすぐに先を歩いたんだ。だけどやっぱり気になって、後ろを振り返ったら、読みながら照れて笑う圭祐を見て、私も嬉しくなったのを覚えている。

 小さかったクセに、いっちょ前に恋、してたんだ。



「それからずっと、皆実はそばにいたじゃん?オレが他の奴と付き合ったり、オマエが誰かを好きになってもさ。……距離、変わんなかった」

「………圭祐、何気にモテてたもんね。」

「まーな」



 そう言って、圭祐は少し鼻を高くして笑った。


 思い返せば圭祐はずっと近くにいて、女友達とは違う、別の意味ですごく大切な存在だった。

 家族より、友達より、恋人よりも―――なんだか違った特別な存在で。

 うらやましいって、よく言われるのも、少し得意だったの。




「………今日、さ。杳ちゃんに告られた。」


(杳……)


 圭祐に対して、私が、ずっと避けて来た名前だ。



「……………返事、は?」


 

 返す言葉が見つからなくて、でも返さない訳にもいかなくて、出した言葉だった。

 聞くの、怖いことなのに。



「―――例えば、オレがOKしたとしたらさ、今の状況ってまずいよな?」

「……うちらが一緒に住んでること?」

「そう。」



 私の質問に対する答えは無かった。代わりに始まったのが例え話で、私は意味がわからないまま、だけど“今の状況”の指す意味は分かったから、それには答えた。



「そしたら、一緒には暮らせなくなるよな。そんでその子と同棲とかして、結婚とかすんの。」

「……するの?」

「例え話。現実はおいといて、シミュレーションね」

「………?」


 そこ、答えてくれないと気になるんだけど。

 しかし、どうも彼は答える気はなさそうだ。




「オレ、両親あんなだし、あったかい家庭なんてもんじゃなかった」

「…………うん」



 圭祐の両親があまり上手く行っていないのは知っていて、彼が家を出たがっていたことも頷けた。

 だから人一倍、彼が家族に憧れを抱いているのも感じていた。


「だから、おかえりって言われる家って、憧れだったの。」

「………おかえり?」

「ん。バイトで疲れて帰ったら、皆実がご飯作ってオレを迎えてくれるだろ?オレが早く帰ったら、同じこと、皆実にしてた。」

「……うん」

「そんなのに、縁無かっただけ、すげ幸せ感じてた訳。此処オレの家なんだなーって思えて」

「…………」

「それが無くなったら、寂しいんじゃないかって思ったら…」


 すう、と圭祐が息を吸い込んだのが分かった。次の言葉を、導くように。




「ずっとこのまんまでいたいなと、思って。だけど最近皆実の様子やたら変だし、明らか避けるてし。だからコレはオレの考え、伝えとこうと思ってさ」


「杳の告白は…どうしたの?」

「どーしたと思う?」

「――答えてよっ!はぐらかすな!」

「はは、断ったに決まってんじゃん」

「…………そ、か………」


 安心、した。私はホッと胸を撫で下ろした。

 私だって嫌だよ。圭祐が誰かと付き合ったら、私はあの生活は続けられない。いつかはそんな日が来るんじゃないかって思ってはいたけど、きっと考えないようにしてたんだ。




「………私も、さ」

「ん?」


「…今日圭祐が私より早く起きてて、朝ご飯置いてあって、それ食べたの。自分ずっとそうしてきたくせに、すごいなんか……寂しくて……嫌だった。」

「やっと分かったかコノヤロ」

「……うん、ごめんね」


 そう言ったら圭祐は笑った。その笑顔が、いいよって言ってくれてる気がして安心した。



「何でオレ、避けられてた訳?」




 じ、と目を真っ直ぐ見つめられながら、尋ねられた。

 朝みたいに、私もそれを逸らすことはなかった。


 あの時とは違う、確かな答えを見つけたから。もう怯まない。




「杳が、ウチに来たいって言ってるのを聞いて、ソレを圭祐から聞くのが嫌だった…

 ってのが一つ…。」

「オレ、断わったよ?」

「……へ?」

「中庭ん時だろ?最後まで聞いてなかったんだろオマエ」

「…途中で、逃げた…」

「ほらみろ、変な足音聞こえた。人の話は最後までちゃんと聞きましょう。」

「―――ハイ…」



 私が聞きたくなくて避けてきた言葉、今日まで聞かずに済んでたのは、私が逃げ切ってた訳じゃなくて、最初から存在してなかったって、そんなオチ?

 全部私の勘違いとか、思い込みとか。なんだか一人で遠回りをしていたみたい。



「―――で?他は?」



 続きを促すように、圭祐が尋ねる。

 私も深呼吸を一つして、それに応える。



「……距離感がね、難しくなって。」

「キョリカン?」

「圭祐は、本当に大切な存在なんだって、自覚して、大事に思えば思う程、なんか…どうしていいかわかんなくて、遠ざかっちゃった――みたい」

「みたいって」


 曖昧な感じに彼は呆れ顔。

 私自身も、実際のところよくわかってなかったのだ。

 圭祐を真っ直ぐ見れなくて、嫌われたくないだとか、杳にヤキモチ妬いたり、そんな感情が渦巻いて、勝手なことばかりしてたよね。

 だけど気付いたんだ、誰よりも大切な貴方の前で、自分を繕っても意味がないってこと。

 こんなに近くにいるのだから、いつでも正面から。今まで通りずっと。





「……距離感、ね。………あの時、目が覚めたら、皆実の顔がこんな近くにあった」



 こんな…って言いながら、顔の前でジェスチャーした。

 

 


「―――酔っ払って帰ってきた、時?」

「うん。超びっくりして、後ずさったらベッドから落ちた。なんか恥ずかしくて、無かったことにした、ごめん。」

「………うん」

「………それが、そんな感じ、だろ?近すぎて―――確かに難しい。難しいけど、やっぱりそれで離れようなんて思わないよ」



 キッパリと、彼は言った。



「皆実は、オレの良いとこも悪いとこも、全部知ってる。――こんな居心地がいい場所、他にねーからさ」



 クシャリと、頭を撫でられた。



 ―――確かに今、同じ気持ちが見えた。

 こんな幸せなことってない。




 目まぐるしく変わっていくこの世界で、変わらない物を探して行きたい。


 それは宝物。

 永遠なんてない、そんな言葉に勇気を与えるような。



 変わらない物は、きっと此処にあるんだ。





       *    *







 バチーンと大きな音が響いて、すぐあとにドアが開いて圭祐が帰って来た。

 半ば呆れ顔で、私は彼を迎える。



「……また?」

「おう。あたしとあの子、どっちが大事なのよー!って」

「何て答えたの」

「勿論オマエ。」

「…そりゃ泣くわ」

「だってそーじゃん。皆実は次元が違うのにさ。オレが大切だって思ってる人を、認めてくれないようなヤツはダメだね」

「そんな人いるかな」

「居なかったら一生このまんまだ」

「「…別にいいけどね」」







「「……………ふはっ」」


 声が、言葉が重なって、顔を見合わせて二人して笑った。





 こんな出会い、きっと二度とない。

 失くさないように。私たちは私たちらしく、これからも、ずっと。

 










   202号室


   私が私で、居られる場所。



ここまで読んでいただいてありがとうございます!


「本編」成るものはこれにて終了です。

番外編がぽつんぽつんと続いて、本当の意味(?)での最終話がまたあります。

(なんでか私はそういう構成をとりたがる性質なので…)

よければそこまでお付き合いくだされば嬉しく思います^^

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