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202号室  作者: 紫雨
本編
6/16

06話 ギリギリの、境界線

 ――――ピンポーン



 日付が変わろうとしていた頃、呼び鈴が鳴った。

 圭祐はまだ帰ってなかったが、チャイムは1回しか鳴らなかったので、彼ではない。


「はーい?」

「あ、すんませんコンバンワ~」

「………こんばんは…って圭祐!?」

「酔い潰れちゃったんで、送りに来ましたー、ケー君ほら、着いたよ」

「ん~~……」


 圭祐を運んで来た男の人は、彼を玄関にドスンと座らせてくれる。

 といっても頭をフラフラと揺らしている圭祐の体は、そのまま床にぺたりと突っ伏してしまった。



「………すごい飲んだんですか?」


 圭祐の様子を見ると、元からお酒に弱い人だけど、この潰れっぷりは相当だった。

 圭祐より少し年上に見える男の人を見上げて、私は尋ねた。



「うーん、ちょっと皆がふざけて飲ませすぎちゃって。いつも絶対飲みたがらないからさ。」

「すみません、ここまで…送っていただいて」

「でも納得。コイツが酒嫌がったり、早く帰りたがる理由」

「?」


 男の人は、優しい笑みでニッコリ笑った。



「……あの、何か誤解を」

「ああ、知ってる。彼女いないけど同居人がいるとかコイツ言ってたし。嘘つける奴じゃないことくらい、俺もわかってるよ」

「……ははあ」



 なるほどなるほど、と呟く彼の意図が読めずに、私はただきょとんと立っているしか出来なかった。


 男性はその後すぐに、満足そうに帰って行った。

 落ち着いた感じの、色素の薄い毛がサラサラしてる男の人だった。圭祐のバイト先の、先輩だろうか。


 彼を見送った後、玄関で寝転んでいる圭祐を覗き込む。



「……………大丈夫?」

「んぬん~~~…」

「ダメだこりゃ」


 返事に成っていない唸り声を聞いて、私はため息をついた。




 よいしょ、と独り掛け声を発して、彼の腕を担ぐようにして、彼の部屋まで運ぶことにした。

 悔しいことに身長差やそもそも体格差があるせいで、ほとんど彼は引きずられる状態になってしまうけど。



 彼の部屋―――といっても、いわゆるリビングという広めのスペース。

 ドア一枚で仕切られる個室は私が(一応、女の子なので)使っている。


 その部屋の隅にあるベッドまで辿り着いた時だった。




「――――わ、」


 コードに足を引っ掛けバランスを崩した私の視界はぐるりと回り、ベッドの上にとさりと倒れこんだ。

 私が担いで来た彼は、私に覆いかぶさるように。




「――――っ」



 一瞬のうちに、心臓が跳ね上がる。


 すぐに退こうと思いはしたが、身体が上手く動かない。

 彼の体重のせいは勿論だが、それだけじゃなくて。



「……あの、圭祐…っ」

「ん……」




 息が、首元にかかった。

 彼を押し退けようと、伸ばしていた腕の力がふっと抜ける。

 とさりと圭祐の体が落ちてきて、ぴったりとくっつく。鼓動が、近い。


(どうしよう)


 どうしたらいいのかわからない。

 力が入らない。まるで金縛りにあったみたい。


 この時、きっとおもいっきり跳ね退けて、逃げ出すことも出来たと思うけど、出来なかった。

 起こしちゃうかもしれない、とか、ここで圭祐が目を覚ましたら、この距離が――――近すぎて、怖い。

 お互いに、一般の人よりも近くで過ごす私たちのこの距離を、越えてしまったら?




       *    *



「………」


 目覚めた私の目に写ったのは、見覚えの無い角度の白い天井。

 上手く働かない頭を懸命に巡らす。昨日、私は――――、





「――あれっ!?」



 慌てて、跳び起きたのは、圭祐のベッドの上だ。

 私の体の上にはしっかりと毛布がかけられていた。





「おー、起きたかー?」


 キッチンから、カチャカチャと音が聞こえる。

 そこに居るらしい彼が、少し大きめの声で私に問いかける。




「………なんで?」

「オマエ人のベッド占領すんなよなー、人を床に落としといてー。」

「……は?」

「一緒に寝たかったら、そう言ってくれればいいのにな」

「なっ!?」

「じゃ、俺先行くから。朝飯、ソレ適当にな!」



 テーブルに乗る朝ごはんを指差して、彼は足早に部屋を出ていった。

 私と、一度も目を合わすことなく。



「……………」



 私は、確かに覚えている。

 私がベッドを占領した訳じゃなくて、勿論一緒に寝たかった訳じゃなくて。

 動けなくなってから、いつの間に寝たのか、記憶にないけれど。


(…………覚えて、ない?)



 彼は、酔っていた訳だし、そうすると、つまり。



(な、なんだ……。)



「………って、何がっかりしてるの」


 

 覚えていたら、それはそれで気まずい。

 何が気まずいって、私がそんな風に考えてしまったということ。

 だから勘違いされているけれど、むしろ好都合、そのままそういうことにしておこう。そう、思い直した。





「…………ん?」


 テーブルの上に、一昨日くらいから置きっぱなしになっているレポートがそのままなことに気付く。

 確か、今日提出だって言ってなかったっけ。

 必死になってパソコンに打ち出している彼の姿を思い出した。



「…ったく、しょうがないなあ」



 持って行ってあげるか、と封筒を自分の鞄に入れる。

 彼が用意した朝ごはんを簡単に食べて、私も部屋を出た。





 ――そのおかげで、あんな場面に遭遇するなんて思いもせずに。





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