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202号室  作者: 紫雨
本編
5/16

05話 ポジショニング

「38度5分…」



 次の日の朝、案の定圭祐は熱を出した。




「お昼、自分でやれる?おかゆ、レトルトあるけど。……学校抜けてこよっか?」

「…だいじょぶ、なめんな」

「………。何かあったら連絡してね。」

「皆実かーちゃんみてぇ…」

「うるさいな。ちゃんと安静にしててよ?帰りに色々買って来るから」

「あー………、悪ぃな…」

「何を今更」



 私はそう言って、遅刻しないように小走りで部屋を出た。





       *    *




「圭祐くんは~?」

「風邪。」



 いつの間にか一緒にご飯を食べるようになったメンバーの中に、一人欠けているのを、勿論杳は見逃さなかった。



「えーっ!!大丈夫なの!?あたしお見舞い行くッ!皆実連れてって!!」

「あー、ダメ。見舞い要らないって言われてるから」

「……何で!?」

「うつるからって」

「……………そんなあ!!」


 杳は私の言葉にショックを受けたようだった。

 


「まあ別に、見舞いなんかなくたって、皆実ちゃん居るしね」

「皆実ちゃん、アイツの看病ヨロシクねー」



 圭祐のお友達二人は、軽い感じで私に一任する。一人暮らしで体調崩すと何かと心配だが、同居者がいれば安心なのだろう。

 一方杳は、面白くないという表情がだだ漏れだった。



「……そんなに来たいの?」



 私が杳に尋ねると、彼女はふるふると首を横に振って、呟いた。


「…ただ、皆実ずるいなァって」

「………は?」

「だって圭祐くんの彼女な訳じゃないのに、彼女のポジションにいるんだもん」

「………」



 私は何も答えなかった。

 真井や圭祐の友人達が、次の講義に向かうため立ち上がり始めたからだ。私も無言のままそれに続いて立ち上がる。




(―――彼女じゃない。確かにそうだ)


 私は、圭祐の彼女じゃない。

 でも一緒に暮らしている。もう家族みたいに。



 ―――じゃあ、圭祐に彼女が出来たら?

 ―――いっしょに暮らしている私は、どうすればいいのかな?



       *    *



「ただいまー」



 大学の帰りに薬局で必要な物は買いそろえて、私は帰宅した。



「圭祐ー、具合どう?」



 そう言いながら、彼のベッドを覗き込む。



(………寝てる)


 彼はすやすやと寝息をたてながら、眠っていた。朝より、呼吸も楽そうで安堵する。

 寝顔がなんだか幼くて、私は小さく笑った。





 ――もし、圭祐に彼女が出来たら。

 私はこんな風に、彼の寝顔を見ることなんて出来なくなるのかな。別の誰かが、こうやって微笑みながら?


(――……何、コレ)


 胸の奥で、何かがもやっとする。何だろう。

 だって、良いじゃない。圭祐に彼女って、喜ぶべきことのハズなのに。今までだって、そうしてきたじゃない。



「ん――……、皆実?」


 彼が、目を覚ました。私ははっと我に反る。



「っあ、圭祐起きた?」

「……おかえり」

「ただいま。夕飯食べれそう?うどんならすぐ作れるけど」

「…食う」

「じゃ、ちょっと待ってて。作るから」

「さんきゅ…」




 私は腕まくりをしながら台所に向かった。


(…変なこと、考えるのはやめよう)


 今は圭祐が早く良くなるように、それだけを考えればいいんだ。そう思った。




       *    *




「……てか、何で飾ってあんの、アレ」



 うどんをぺろりと完食し再び布団に潜った彼が、不機嫌そうに言う。

 彼の視線の先に在るのは、ダイニングに飾られているバラの花たちだ。昨日の騒ぎの中で手渡された物だった。



「だって、花に罪はないもん」

「てかもう、オレが出るからな、玄関は!オレがいないとか、風呂のときは絶対出んなよ、居留守使え」

「そんな神経質にならなくても」

「あんな目にあっててまだ言うか」

「だってアレは……圭祐すぐ来てくれたし。って、そのせいで風邪引いたよね、ごめん…」

「ちげーよ。あのあと裸で体操してたら風邪引いたんだよ」

「…なにそれ、怪しいよ」

「怪しくねー」


 二人で笑った。冗談言えるくらいの元気も、出てきたみたいで安心した。



「皆実、もう部屋出ろよ。」

「なんで?」

「うつるから」

「うつした方が早く治るって言うよ」

「じゃあチューするか?」

「バカじゃないの」

「ひでー。」

「そんなこと言える余裕あるならもう大丈夫だね」

「治りかけがうつりやすいとか言うだろ、部屋戻れって」

「…ほんと、私にまで気遣うの、やめてよ気持ち悪い」

「きも…!?」

「キモい。」



 私の言葉に、彼は少し考えたように目線を泳がせてから、笑って言った。



「――そうだな、さんきゅ」



 気を遣うのには近すぎる距離で、だけどお互いに尊重しあって、私たちは暮らしているのだと思う。

 だからこんな時くらいは――気遣わずに、思いっきり甘えて欲しい。


 眠ってしまった圭祐の布団を整えて、私も自分の部屋に戻った。

 翌朝、すっかり全快したらしい圭祐が、昨日あんなに睨みつけてたバラの花の水を、鼻歌なんて歌いながら取り替えていた。



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