05話 ポジショニング
「38度5分…」
次の日の朝、案の定圭祐は熱を出した。
「お昼、自分でやれる?おかゆ、レトルトあるけど。……学校抜けてこよっか?」
「…だいじょぶ、なめんな」
「………。何かあったら連絡してね。」
「皆実かーちゃんみてぇ…」
「うるさいな。ちゃんと安静にしててよ?帰りに色々買って来るから」
「あー………、悪ぃな…」
「何を今更」
私はそう言って、遅刻しないように小走りで部屋を出た。
* *
「圭祐くんは~?」
「風邪。」
いつの間にか一緒にご飯を食べるようになったメンバーの中に、一人欠けているのを、勿論杳は見逃さなかった。
「えーっ!!大丈夫なの!?あたしお見舞い行くッ!皆実連れてって!!」
「あー、ダメ。見舞い要らないって言われてるから」
「……何で!?」
「うつるからって」
「……………そんなあ!!」
杳は私の言葉にショックを受けたようだった。
「まあ別に、見舞いなんかなくたって、皆実ちゃん居るしね」
「皆実ちゃん、アイツの看病ヨロシクねー」
圭祐のお友達二人は、軽い感じで私に一任する。一人暮らしで体調崩すと何かと心配だが、同居者がいれば安心なのだろう。
一方杳は、面白くないという表情がだだ漏れだった。
「……そんなに来たいの?」
私が杳に尋ねると、彼女はふるふると首を横に振って、呟いた。
「…ただ、皆実ずるいなァって」
「………は?」
「だって圭祐くんの彼女な訳じゃないのに、彼女のポジションにいるんだもん」
「………」
私は何も答えなかった。
真井や圭祐の友人達が、次の講義に向かうため立ち上がり始めたからだ。私も無言のままそれに続いて立ち上がる。
(―――彼女じゃない。確かにそうだ)
私は、圭祐の彼女じゃない。
でも一緒に暮らしている。もう家族みたいに。
―――じゃあ、圭祐に彼女が出来たら?
―――いっしょに暮らしている私は、どうすればいいのかな?
* *
「ただいまー」
大学の帰りに薬局で必要な物は買いそろえて、私は帰宅した。
「圭祐ー、具合どう?」
そう言いながら、彼のベッドを覗き込む。
(………寝てる)
彼はすやすやと寝息をたてながら、眠っていた。朝より、呼吸も楽そうで安堵する。
寝顔がなんだか幼くて、私は小さく笑った。
――もし、圭祐に彼女が出来たら。
私はこんな風に、彼の寝顔を見ることなんて出来なくなるのかな。別の誰かが、こうやって微笑みながら?
(――……何、コレ)
胸の奥で、何かがもやっとする。何だろう。
だって、良いじゃない。圭祐に彼女って、喜ぶべきことのハズなのに。今までだって、そうしてきたじゃない。
「ん――……、皆実?」
彼が、目を覚ました。私ははっと我に反る。
「っあ、圭祐起きた?」
「……おかえり」
「ただいま。夕飯食べれそう?うどんならすぐ作れるけど」
「…食う」
「じゃ、ちょっと待ってて。作るから」
「さんきゅ…」
私は腕まくりをしながら台所に向かった。
(…変なこと、考えるのはやめよう)
今は圭祐が早く良くなるように、それだけを考えればいいんだ。そう思った。
* *
「……てか、何で飾ってあんの、アレ」
うどんをぺろりと完食し再び布団に潜った彼が、不機嫌そうに言う。
彼の視線の先に在るのは、ダイニングに飾られているバラの花たちだ。昨日の騒ぎの中で手渡された物だった。
「だって、花に罪はないもん」
「てかもう、オレが出るからな、玄関は!オレがいないとか、風呂のときは絶対出んなよ、居留守使え」
「そんな神経質にならなくても」
「あんな目にあっててまだ言うか」
「だってアレは……圭祐すぐ来てくれたし。って、そのせいで風邪引いたよね、ごめん…」
「ちげーよ。あのあと裸で体操してたら風邪引いたんだよ」
「…なにそれ、怪しいよ」
「怪しくねー」
二人で笑った。冗談言えるくらいの元気も、出てきたみたいで安心した。
「皆実、もう部屋出ろよ。」
「なんで?」
「うつるから」
「うつした方が早く治るって言うよ」
「じゃあチューするか?」
「バカじゃないの」
「ひでー。」
「そんなこと言える余裕あるならもう大丈夫だね」
「治りかけがうつりやすいとか言うだろ、部屋戻れって」
「…ほんと、私にまで気遣うの、やめてよ気持ち悪い」
「きも…!?」
「キモい。」
私の言葉に、彼は少し考えたように目線を泳がせてから、笑って言った。
「――そうだな、さんきゅ」
気を遣うのには近すぎる距離で、だけどお互いに尊重しあって、私たちは暮らしているのだと思う。
だからこんな時くらいは――気遣わずに、思いっきり甘えて欲しい。
眠ってしまった圭祐の布団を整えて、私も自分の部屋に戻った。
翌朝、すっかり全快したらしい圭祐が、昨日あんなに睨みつけてたバラの花の水を、鼻歌なんて歌いながら取り替えていた。