04話 思わぬ来訪者
今日一番の楽しみは、雑貨屋さんで買ってきた可愛い入浴剤で入るあったかいお風呂。
「―――ちょ、オマエ何入れたのコレ!?」
「え、何が?」
「風呂!水!変な色!」
バスタオル一枚で、彼が部屋に駆け込んで来た。
ここで「キャー」とか「やだー」とか言うような私だったら、こんなやつと一緒に住んでいないと思う。
彼が騒いでいるモノは、きっと入浴剤のことだろう。さっき入れておいたのだ。
まさかお風呂先越されるとは思っていなかったので、何も言ってなかった。だってコイツ、気付いたら服を脱いで風呂場にいたんだもん。
「入浴剤のこと?」
「……オレが入った後に入れろよそんなもん!」
「そんな嫌がんなくても…」
「苦手なんだよコレ。においとか、肌触りとか…」
「じゃあシャワーだけにすれば?」
「さみーだろ馬鹿!」
「アンタの今の格好のがよっぽど寒いって」
ピーンポーン
その時チャイムが鳴った。こんな時間に誰だろうか。
「あらあら、その格好でお客さん迎えらんないよねー?」
私はにやにやしながら、彼を見た。
「どーすんだよ風呂…」
「洗剤とか混ぜたら?中和されるかもよ」
「する訳ねぇだろ!」
「ホントにしないでよ?私の今日の楽しみが無くなる!」
「だったら言うな!」
まだ駄々をこねる彼をバスルームに押し込んで、玄関に向かう。
カチャリと鍵を解いてドアを開けた。
ドアの向こう、そこに立っていたのは、ニット帽にサングラス、だけど服装はスーツって言う、ツッコミどころ満載な男の人。
「―――きゃあ!?」
誰、と思う前に、私は玄関の床に押し倒されていた。
そして次の瞬間、私の視界にバラの花束が広がった。
「え―――………?」
「ああああのっ、僕っ、あああああなたが……っ」
「皆実!?」
顔を真っ赤にさせて(といってもサングラスおまけにマスクでよく見えないが)、男が息を吸い込んだのと同時に、騒ぎを聞き付けたのだろう、バスタオル一枚で圭祐が再び登場した。
「―――って、テメエ何してやがんだ!」
私が男に押し倒されている状況を見て、一瞬で彼は表情を変えて私を男から引き離し、男の胸倉を掴んだ。バスタオル一枚で。
とりあえず解放された私はゆっくりと起き上がって、彼の変化にびっくりしながらも、頭の中にぼんやり浮かんだ顔達を思い出す。なんかこの人、見たことあるんだよね…。
「ぼ、ぼぼ僕はただ…っ!皆実さんに……っ!」
「てか誰だよテメエ」
「――あ、思い出した。」
圭祐に胸倉を掴み上げられてガタガタと震えながらバンザイのポーズをする男と、バスタオル一枚の圭祐が、同時にこちらを見る。男のとれかかっていたサングラスが、床にカシャンと音を立てて床に落ちた。
「―――うん、やっぱり。あなた、お店に、来たことあります?」
「ははははいっ」
「何、客?」
「結構頻繁に、見たことあるような」
「あのっ、僕……皆実さんが…ずっと前からいいなって思ってて…っその…っ!」
といって、圭祐から解放された男は、チラリと彼を見た。圭祐がギ、と睨み返したので、男はまた震え上がった。
「でもあのっごめんなさい!一緒に住んでるなら…………っ、うわ――――ん!!」
バラの花束を投げ捨てて、男は一目散に逃げていった。
「………」
「………」
何だったんだ、と暗闇の向こうへ消えていく男を黙って見送った。
「―――っくしょ!」
圭祐がくしゃみをした。
そりゃあバスタオル一枚だもんね。
「あー、ごめん………ありがとね」
ず、と鼻水をすする彼に、私は謝って着ていた上着をかけた。
「お風呂…入ったら?」
「イイ。シャワー浴びる。…オマエもう絶対出なくていいから、インターホン」
少し低い声で彼は言い残して、バスルームへ消えていった。
それでもやっぱり入浴剤入りはダメらしい。頑固だ。
(…びっくりしたけど)
怖くはなかった。怖いって思う前に、圭祐駆けつけてくれたし。なんていうか、見たことない表情とかにびっくりして、そっちに神経が行ってしまっていたようだ。
だから怖くはなかったよ。
「ありがとね」
ドアの奥にいる彼へ、そっと呟いた。