03話 絶妙なバランス
大通りより一本外れた道沿いにある、南フランスをイメージしたちょっとお洒落なレンガ造りのケーキ屋さん。此処が私、橋爪皆実のバイト先である。
「あれ?圭祐、何でいるの?」
工場の中から、店内にいる予想外な人物が目に入って驚いた。
「オレもバイト長引いちゃってさ、なんか飯買って帰ろーぜ」
「そっか、お疲れ~。ちょっと待ってて、あとちょっとで上がりだから」
「了解―」
片付けを終えて着替えようとした時、真井が隣に来た。
「皆実ミナミ、」
「ん?」
「今日あんたたちなんかあるの?」
「え?何もないと思うけど」
「あれ、そっか。なんだ。」
「どして?」
「ケーキ買ってってくれたから。なんかイベントとかあったかなって」
「ない、筈よ?ケーキ買ったの?アイツ。」
「……やっぱ、優しいねえ」
「何で?」
「さーね~」
「なにそれっ!」
面白そうに笑う彼女の意図が、私は理解出来なかった。
なんだかからかわれている気分で、悔しくなって彼女にタックルをお見舞いした。
そして私はさっさと着替えを済ませて、裏口から駆け出した。
お店のそばの街灯の下に立つ圭祐に向かって、走り出す。走ると言っても、爪先走りで音を出来る限り消して。
そして鞄を大きく振りかぶった。
「けーすけっ!」
バコン!と鞄は見事に彼の頭に命中。
思いの外ヒットしたみたいで、声にならない叫びをしていた。
「~~~っ…、おま、何してんだ…!?」
「あっれ~、ごめん当たっちゃったあ?」
「ぜってぇワザとだろーが!」
「さ、さ、帰ろ。あの惣菜屋のポテトサラダが食べたいな♪」
「好きだなオマエあの店のポテトサラダ…」
* *
「ね、そういえば何でケーキ買ったの?」
「何、もう食いたい?」
圭祐の買って来たケーキは、今は冷蔵庫の中。
夕食が片付いて30分程経ったが、まだお腹はすいていない。もちろん彼もそうだろうから、少し驚いて聞いてきた。
「そうじゃなくて。どーゆう風のフキマワシ?って。何かイベントあったっけ?」
「あー、なんか、店ん中で待たせてもらうのに、なんか悪いじゃん」
何だ、そういうことか。
真井の言っていた“優しい”とはこのことだろうか。
「…珍しく気が利くんじゃない?」
「何ゆってんだ。オレは毎日毎日ヒトサマに気を遣って生きてるよ」
「うっそだあー!じゃあ私にも気を遣おうよ、便器は上げたら下げようよ」
「やだよ、めんどい」
「………ヒトサマに気を遣う圭祐君~?」
「家では、リラックスしてんだからさ、いーじゃん」
彼はそう、呟いた。
(“家”―――。)
此処を、家と呼ぶ。
考えてみれば当たり前のことだけれど、なんだかくすぐったく、温かい気持ちになった。
こんなに近い距離で暮らしている訳だから、お互いが常に気を遣っていたら、まいってしまうだろう。
だからこうやって、適度に気を抜いて、リラックスできていることは素敵なことだ。そしてこんな風に出来るのはきっと、圭祐とだから。長年の絆から、暗黙の了解で、自然とお互いにバランスよく気遣うことができているのだと思う。
だって圭祐は優しいから。無意識に、気付かないところでさりげなく。
だから、こんな毎日が、楽しいんだ。