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202号室  作者: 紫雨
番外編
16/16

予言マリッジブルー

Last roomが最終回と言っておきながら、8年経った今、突然続きが舞い降りまして…

久しぶりの執筆ですので、読みにくいところがあったらすみません。

『今月の29日休みとれたから、そっち遊びに行ってもいい?』


 海外赴任から日本に戻った圭祐の次の勤務地は、北海道だった。

 また一緒に暮らせるものだと思い込んでいた私は、戻ってこないと聞いてひどくがっかりしたものだ。

 さすがに距離があるので、まとまった休みが取れたタイミングで、お互いの部屋を行き来していた。

 

『いいけど、泊まる?』


 ある夜に送ったメッセージは、翌日の夕方くらいに返信が来た。

 もちろんいつも泊まらせてもらっているのだから、どうして当たり前の質問をするのだろう。


『うん、仕事終わったらそのままそっち向かおうかなって』

『皆実悪いんだけどさ、ホテル泊まってくんない?ちょっと今の彼女さん、泊まりはNGかな…』


 今まで彼女がいる状態の彼と一緒に暮らしていたこともあるの私に対して、何を今更、と思う。

 返事を返さないうちに、次のメッセージが届いた。


『彼女さん、合鍵持ってるんだ。結構頻繁に出入りしてるから、皆実がいる時に突然来ちゃうとさぁ…』


 いくら彼女とはいえ、アポなしで人様の家に出入りするのは、人としてどうなんだろうか。

 本来圭祐は、私以上にマナーにうるさい男である。

 私が今感じた違和感を、私以上に気にするはずの彼が何も言わないのだ、今の彼女とはそれなりの関係を築いているのかもしれない。


『わかった、前乗りはやめて、朝着くように向かうよ。』

『おう、悪いな』


 会ったこともない圭祐の彼女のために不必要なホテルを取る気には、どうしてもなれなかった。





**





 そんなやりとりから一年が経った頃、圭祐は次の勤務地で彼女と2人で暮らし始めていた。


「おーい!皆実ちゃん、久しぶり!元気?」


 圭祐が今日、こっちに帰ってくる。

 指定された居酒屋の前で手を振ってるのは、大学時代の友人兼元カレ(と言っていいのか怪しいくらいだけど)の芳井(よしい)くんだった。


「おれ、圭祐にも会うのずいぶん久しぶりなんだよね~」

「そう、なんだ?」

「彼女さん、会うの初めてなんだけど、皆実ちゃんは会ったことあるの?」

「いや、私も無い…かな」


 どうやら今日は、私たちに彼女さんを紹介してくれる場のようだ。

 久しぶりに圭祐と二人で飲めると思っていた私は戸惑いを隠せない。

 だって芳井くんがいることも、彼女を紹介されることも聞いていない。





「驚かせようと思って!」


 あとからやってきた圭祐に文句を言えば、少しも悪びれない笑顔でそう返された。

 終始鼻の下を伸ばした圭祐の、息を吐くような惚気話で大半を占めた会は3時間程度でお開きになった。





 駅まで送るという芳井くんと、人通りの減らない金曜日の繁華街を歩く。


「なんか、意外だったなあ」


 芳井くんはビカビカと光るお店の看板たちを見上げて言った。

 意外とは、今日の圭祐の様子のことだろう。

 正直私も、未だに戸惑いを隠せない。


 別人みたいだった。

 今まで、彼女と一緒にいる圭祐を何度も見てきたけれど、比較的ドライな態度を取っていた記憶がほとんどで。

 今日の彼は、ドライとは程遠く―――彼女のことが大切でたまらないのだと、全身から伝わってきた。


 そして私との関係を、彼女には隠したがっている印象だった。

 関係というのは勿論、大学時代からの数年間一緒に住んでいたことだ。

 幼馴染、としか、説明されなかった。

 そのことに言われなくともなんとなく気づいた私は、どういう立場でその場にいればいいのかわからなくなって、終始居心地が悪かった。



「皆実ちゃんと一緒に住んでたこと、言うなって、事前に圭祐からメッセージ来たんだよね」

「え、そうなの?」

「なんか、“何もない”って言っても、“何もないわけない”っていう考えの子だから、言わない方がいいって」

「そう…」



“あたしとあの子、どっちが大事なのよー!って”

“何て答えたの”

“勿論オマエ。”

“…そりゃ泣くわ”

“だってそーじゃん。皆実は次元が違うのにさ。

 オレが大切だって思ってる人を、認めてくれないようなヤツはダメだね”



 そんなことを言っていたのは、いったい誰だったのか。

 芳井くんの言葉通りに受け取れば、私とのことを、彼女に説明してみることすら、していないように思えた。


 ()()()()()というのは、よく私たちが使っていた表現だ。

 男だから、女だからとか、世間で言うような話ではなくて。

 ()()だから、()()だから―――そういう関係であると、お互いにそう思っていると―――信じていたはずだったのに。





**





 それから程なくして、圭祐とその彼女との、結婚式の招待状が届いた。

 電話での突然の報告に、私はおめでとうと一緒に、確認したかったことを聞いた。


「今までみたいに、私たちは会ったりできるの?」


 その質問に圭祐は、少し黙った後に、静かに答えた。


「…前みたいに頻繁には難しいけど、なんとか、時間作ろうと思ってる」


()()()()、って…)

 そもそも、最近の私たちは、“頻繁”などという言葉を使えるほど会ってはいなかった。

 圭祐が彼女と二人で暮らすようになってからは尚のことだった。


「奥さんには、皆実に会うって言わずに、出かければ、大丈夫だよ」

「……」


 どうして、内緒にするの?

 圭祐にとって私の存在は、そんなに後ろめたいことなの?


 内緒にされるということが、こんなに複雑な気持ちになるとは思わなくて。

 私はもう、何も言うことができなかった。






**





 結婚式当日、仲睦まじい二人の姿を、直視できない自分がいた。

 たまに勇気を振り絞って圭祐の方に視線をやるけれど、結局一度も視線が合うことはなかった。

 それがひどく悲しくて、頭に浮かぶのは、“どうしてこうなってしまったんだろう”という思いだけだった。


 

 たとえお互い結婚して、家族ができたとしても―――私たちの関係は、ゆるがないと。

 確信のようなものが、202号室には、確かに在ったのに。



 それは、私ひとりだけの気持ちじゃ成り立たないから。

 “結婚”というたった二文字の言葉で、こんなに簡単に消えてしまうようなものなら。

 なくしたくないって、思っていたのなら。

 そのたった二文字の“結婚”を、私が選べば良かったんだ。



 ……そういえば、そんなタイミングが、あったような気もするのに。



 変わらないものなんてない。

 だから、少しでも、離れていかないように、糸をたぐりよせて、結ぶんだ―――





「っ圭祐、いかないで…」


 新郎新婦退場の拍手の中、新郎の友人席に一人座る私は、目を閉じてポロリと言葉を落とす。

 こんなところで言葉に出しちゃダメだって、わかっているのに。



「…皆実?」


 聞こえるはずのない圭祐の声が、遠くから聞こえる。

 構わず私は言葉を続ける。


「ずっと、そばにいて…」



 今更気づいたって遅いのに。

 それでも、伝えなくちゃと手を伸ばす。



「…どうした?」


「私は、この先、何があっても、圭祐と一緒にい―――「おーーい、皆実、大丈夫か?」




 一度かたく閉じた瞳を、そっと開く。

 どうして、タキシードを着ていたはずの圭祐が、私の部屋に置いてある圭祐用の黒いTシャツを着て、私の腕を掴んで心配そうに覗き込んでいるの?


「いつまで寝てんの、もう昼過ぎだぞ」

「え?寝て…?え??」

「疲れてんだろうなって思って寝かせてたけど、突然手を宙にやってなんか言い出すんだもん、びびった」

「――――夢…?」


 混乱している。どこからどこまでが夢?


「“圭祐、いかないで~”って、可愛いこと言ってさ、どんな夢みてたの」

「……圭祐が、結婚して…」

「結婚?誰と」

「彼女と…」

「彼女?皆実?」

「私じゃなくて、」

「何、夢の中のオレは誰と付き合ってたんだ?」

「私のこと、説明できないってっ―――、」


 思い出すだけで、悲しくて胸が痛い。

 気づいたら私は、ポロポロと涙を流していた。


「えーー、何、大丈夫かよ、嫌だったんだな、よしよし」


 圭祐の腕に引き寄せられ、頭をポンポンとなでられる。まるで子供扱いである。

 確かに嫌だった。何よりも、圭祐が圭祐じゃないみたいだったことがすごくすごく、嫌だった。

 彼の胸の中で、ひととおり文句を言う。


「それはきっとオレじゃないね、夢の中で腹でも壊して、代役でも立てたんじゃねぇ?」


 そんな、夢を映画みたいに。

 ケラケラと笑う圭祐は、未だに彼の胸にしがみつく私の背中を優しく撫でてくれている。

 このぬくもりを、私はもう誰にも、渡したくはないのだ。



「そんな夢見るなんて、予言マリッジブルーだな」

「は?予言マリッジブルー?」


 そんな言葉、聞いたことがない。

 圭祐の顔を見ようと上を向くと、唇の温かいものが触れた。


「!」

「こんなムードのない場所ですが、正式にプロポーズさせて」


 左手をとられて、薬指に銀色の輪がすんなりおさまった。


「ずっと、一緒にいてください。

 ―――っていうか、ずっと一緒にいるしかないだろ?オレたち」


 それは、いつかに聞いたことがある台詞。


 そうか、私は―――

 圭祐が海外赴任に行く前に、結婚を約束していたままだったことを思い出す。


 海外赴任から帰ってきたあとも、結局関係性ははっきり変わらないまま、離れて暮らしたままズルズル仲良く過ごしていたところで。

 なのに昨晩、「大事な話があるから、家で待ってて」と、北海道に住む彼から連絡を受けて―――まさかプロポーズではないかと、悶々悩みながら眠りについたのだった。


 そしてあの超大作の夢である。

 知らない間にすごく悩んでいたらしい私は、どうやらあの夢のおかげで、プロポーズには即答できそうだ。



「…いるしかないね!」


 そのまま私はもう一度、彼の胸に飛び込んだ。






「こっち戻れることになったからさ、また二人で住む部屋探そうぜー」

「ほんと?じゃあ賃貸情報見とくね、優先する条件ある?」

「とりあえず、202号室、一択だろ」


 にや、と圭祐は笑う。


「202号室なら、ずっと変わらないでいられそうじゃねぇ?」



Fin

Last roomでは、「結婚、するんか?するんだな?!」的な感じで曖昧に終わっていたので…

今度こそ、おめでとうございましたということで。


夢の中の出来事って、淡々と過ぎていく感じがありませんか?

その感じを意識して書いてみましたが、初めに夢であるという描写を入れれなかったので、そのせいでわかりにくかったらすみません。

読んでいただき、ありがとうございました。

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