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202号室  作者: 紫雨
番外編
14/16

Yarn

 2月も終わりにさしかかった頃、まだ寒いんですけど!な気候の中から始まってしまう春休みに、大学生ってこんなんでいいのかと思う。

 実際、大学1年生で初めて経験した長い長い夏休みも、終わってしまう頃には惜しく感じられたりして。

 長い休みにもだんだんと慣れてきたかのように、圭祐は友人たちと一週間の九州旅行へと出掛けてしまった。









「寂しい?」



 シフトが同じだった真井が、ホウキを持つ手を休めて私に尋ねる。

 何が、というともちろん圭祐がいない生活のことだ。今日は彼がいない3日目の夜だった。



「いやいやー、今のところ平和に過ごしておりますよ。毎日ご飯作るのが面倒だけどね」

「昨日コンビニ弁当買ってるどっかの誰かさん目撃したけど」

「………げ、見てたの」



 彼女の目撃情報は予想外だったけど、ご飯以外は割と平和に過ごしてる。

 私も圭祐も、カラオケでオールだとか、宅飲みでそのまま泊まってくだとか、そんなこともあって3日会わないのは初めてじゃない気もする。

 だから一週間くらい…と、軽く考えていた。



 だけど私は甘かった。

 思い返せば、いつもそうだったんじゃないかって。

 気付いたことがまたひとつ――――。






  *  *






「橋爪さん、この予約とったの橋爪さんだよね、金額、間違ってる」

「え、あ、すみません!」

「あとこっちも、残金書いてない。書き忘れ?」



 圭祐がいない4日目の夜、私が苦手としている先輩からの、ミスの忠告の嵐が舞い降りて来た。

 この日は他にも、ケーキを倒してしまったり、注文聞き違えたりと、小さなミスを連発していたのだ。

 そして悪いことはこれだけに留まらず、私は閉店の片付けが終わった後に、レジ閉めをしている店長に呼び出された。



「皆実ちゃん、さっきね、頼んだケーキが入ってなかったって苦情が来た。レシート皆実ちゃんの名前だったみたいなんだけど、このお客さんのケーキ詰めたのも皆実ちゃん?」



 そう言って見せられたレジの記録は、確かに覚えのあるお客さんのもので。

 小さい子供も食べられるケーキはないかと、必死に選ぶおばあちゃんだった。

 でもそのケーキを詰めたのは、私じゃない。

 手が空いていたので、新入りの子の会計だけを、私が受け持ったのだ。



「……はい、そうです…」



 そう答えるしかなかった。

 レシートには私の名前が残っている訳だし、実際ミスをしたはずの人を、何だか売る気分になって言えない。

 私じゃないのに―――、少なくとも店長からの信用は減ってしまっただろう。



「もう過ぎちゃったことだし、仕方ないけど。お店はお客さんの信用が第一だからね。」

「はい…」

「次からは気をつけて」

「はい、本当にすみませんでした」



 あの時間はお店がすごく混んでいて、しっかり確認をしてあげることができなかったのだ。


 精一杯の誠意が伝わるように、頭を下げて謝った。

 “バイトのミスは、全て店長の責任になる―――。”

 バイトを始めてすぐの頃に、先輩から言われた言葉が、重く、頭にのしかかってきたような気がした。







  *  *






「……お疲れ様でしたー」



 私は割と打たれ強い方だと思う時もあるけれど、久しぶりの大量かつ大きなミスのせいもあり、すっかり落ち込んでいた。

 もちろん今からご飯を作ろうなんて気が起きるはずもなく、私は真っすぐコンビニへと向かった。

 自分のためだけに作るご飯は、なんだか寂しいものがある。



“……ん、うまい!本当上達したよなァ、料理”



 どうしてか、浮かんで来たのは私の作ったご飯を、美味しそうに食べる圭祐の表情だった。

 …ううん、こんな時だからこそ。



 思えば、いつもそうだ。




―――――♪


 鍵を、部屋の鍵穴に差し込んだ時だった。

 静かに響いた着信音は、画面を見ずとも誰からのものか分かる。


 私は勢いよくドアの中に駆け込んで、通話ボタンを押した。



「―――っ圭祐!」

『よー、皆実。元気?』



 耳元で、懐かしい声が響く。

 染み込んでゆく。身体中に、心の奥に。


 自覚をする。一緒に住み始めちゃったせいなのだろうか、こんなにも恋しくなってしまうなんて、思ってもいなかった。



「…………圭祐、私思い出したの」

『んー?』

「圭祐がいない時ってね、色々上手くやれないの、私」



 履きっぱなしだった靴を脱いで、靴下のままぺたぺたと廊下を歩く。

 “スリッパ履かないなんて有り得ねー”って、きっとスリッパ推奨派の彼は言うのだろう。


「中学の時にさ、圭祐が学校休んだ日に、なぜか私先生にブチ切れられてたんだよ」

『はァ?』

「教室戻って愚痴ろうにも、いないんだもんあんた。ああ、圭祐がいないから怒られたんだって」

『コラコラ、人のせいにすんな?』

「だって本当だもん」




 照明に手をかければ、暗かった部屋に明かりが灯る。

 なんだか昨日までよりも少しだけ部屋が明るく感じられた。


「発表会だって、圭祐たちのクラスがうちらの劇中に準備のために体育館から出てっちゃってから、散々だったんだから」

『何ソレ、そんなおもしろいことになってたのかよ?』

「見てないから知らないだろうけどね」



 思い返してみれば、そんなことばっかりだった気がする。

 どうしてか、考えたこともなかったけれど。

 ほら、今日だって――――、



『………今日、なんかあったワケ?』



 私が言うよりも先に、気付いてくれたことに嬉しくなる。

 少しだけ頬を緩ませながら、リビングのソファー(兼圭祐のベッド)に腰を沈ませた。



「…バイトで、ミスを」

『でかいやつ?』

「大きさと、量はこれまでで最強だった。でもちょっと、不本意なところも」



 確かに私の責任ではあるけど、私だけが悪いのではないと言いたくなる。

 誰かに、分かって欲しくなる。



『愚痴っていいよ。今も聞くし、これからも』



 優しい音色が、静かに耳に響く。

 私はそっと目を閉じた。



『いつでも電話してくれればいい。電話ごしだけどやけ酒だって付き合うし。近くにはいないけど……そばにいるつもり』



 “圭祐がいないから”なんて言い訳。弱い私の逃げ道だった。

 だけどそばにいてくれていたのだ。

 だって繋がっている、こんな風にタイミングよくかかってくる電話だって。

 ………そばに、いたのだ。




「……うん」

『帰ったら、とびっきりの肉じゃが作ってやるよ。そんで目一杯抱きしめてやる』

「……最後の、いらないんだけど」

『残念でしたー、全てもれなくついてきます』

「ばーか」



 いたずらに笑う声が電話ごしに聞こえて、私も自然と笑った。




『じゃーそろそろ切る。おやすみ』

「うん、ありがと。おやすみー」



 かいつまんで今日のことを話して、電話を切る。

 それだけで、なぜだかすごくすっきりできた気がした。



 “頑張れ”は最後までなかったけれど、多分圭祐の今日の言葉全てが、“頑張れ”だったんだと思う。私にはそう思えた。


 袋からコンビニ弁当を取り出す。

 明日は、頑張って何か作ろうって心に決めながら。





  *  *






「………じゃあ、帰ってくるとかない訳?」



 真井が、つまらなさそうに言う。

 私を心配して旅行を放って帰ってくるという、ドラマみたいな展開を期待していたらしい。

 私は胸を張って答える。



「うん。だって圭祐はわかってるもん。そんなことをしても、私は喜ばないってことを。」


 それは素敵なことだと思った。

 あと3日。私は胸の中で静かにカウントダウンを始めるのだった。





20130726 加筆修正版。

次回の番外編が本当の最後です。

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