表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
202号室  作者: 紫雨
番外編
11/16

a calm room -後編-

後編。皆実視点からです。

 翌朝届いた武仲さんからのメールによって、二人は今日の午後1時から再び会うことになった。この202号室で。



「じゃあその時間、私どっか行ってるね。」

「うん、悪ぃな。オレ先に用事済ましてそのまま駅まで迎えに行ってくるわ。話終わったら連絡する。」



 そう言いながら圭祐は部屋を出て行った。

 それから約束の1時が近づいてきて、そろそろ出ようかと思っていたところに携帯が震える。意外な人物からの着信だ。




「もしもしお母さん?」

『皆実!今あんた家にいるー?』

「いるけど、どうしたの」

『じゃあ開けて~っ』

「はい?」

『早く!』

「……お母様、今どこにいらっしゃるの?」

『あなたの家の前よっ♪』



 やっぱりかと、ため息をつきながら私は玄関へ走る。




「きゃーっ皆実!久しぶり☆」

「もう!来る前に連絡してよ!」

「したじゃない、さっき」

「さっきじゃ遅いの!ホントにもう…」



 彼女の行動は、いつも突拍子がない。もう慣れっこだけど、ため息つかずにはいられないのだ。

 並々ならぬ努力のおかげか外見からはまだあまり若さを失っていない母は、私のため息なんて見向きもせずに部屋に入ってキョロキョロを見回す。




「アラー、圭祐くんは?」

「いないよ」

「なあんだ、会いたかったのになあ~。ちゃんと上手くやってる?」

「うん、やってる」

「いつでもお婿に来てくれていいんだからね?もう、早くくっついてくれないかしら!」



 母さんは、いつも笑ってこう言う。

 冗談だけど、実現したらいいなとは本気で思ってるらしい。おかげでこの暮らしには寛大的で、圭祐の親とは対照的だなあといつも思う。




「母さんがそんな人でよかったよ」

「……圭祐くんのおうち、やっぱり上手くいってないの?」

「うん。なんかまた色々あって…、圭祐戻って来いって言われてる」

「ええ?何よそれ。」

「今日はその話し合いでもうすぐ戻ってくるの。武仲さん連れて。だからそろそろこの部屋出なきゃ…」

「あら、なんで?ご挨拶したいわ」

「ややこしくなるからやめて!ほら、出るよ!」

「ええ~、いいじゃない、隠れて聞いてましょうよ話」

「……は?」

「皆実の部屋まで、入って来ないでしょ?靴隠せば大丈夫よお♪」



 ケロッと言う彼女に丸め込まれて、二人が帰ってくる音を、自分の部屋で息をひそめながら聞くことになった。






  ◇    ◇






「どうして、そんなに此処にこだわるの?」


 煮え切らない返事をするオレにしびれを切らしたのか、おふくろは少しイラついた表情を浮かべた。


「あの娘だって、カレがいるでしょう。その状態でよく、貴方と暮らすことができるわよね。」

「なんで、知ってるんだよ。皆実に、彼氏がいること」

「昨日会ったもの。」

「…は……?」

「周りの目とか気にならないのかしら。」



(また、それか…!)

 口に出してしまいそうになったのを、ぐっと堪えた。

 彼女が皆実に会っていたのは予想外だった。昨日皆実は何も言っていなかったのに。この様子だと、皆実に対して嫌なことを言ってないという可能性は低そうだ。



「あの娘のため?なら間違ってるわよ。目を覚ましなさい」


 まるで皆実のせいで、オレが此処に留まっているような言い方だった。それは、さすがに黙っていられなくて静かに口を開く。



「…此処にいるのは、皆実と居るのは、オレの意思だよ」


 芳井と付き合い始めたと知った時、オレの心を支配したのはおそらく、お気に入りのおもちゃをとられたくない子供のような感情であると思っていた。

 でも違うような気がする。オレは皆実を独り占めしたいとか束縛したいとかそんなんじゃなくて、彼女が幸せになってくれたら嬉しいのだと思う自分に気づいた。大切な人が笑ってくれるのならば、それでいいと。


 いつか家庭を持ち、また違った意味で大切な人ができたとしても、皆実はずっと変わらない場所で変わらない存在として居て欲しい。




『きっと私が誰かと結婚しても、圭祐には“1番”は敵わないんじゃないかなあ。』


 いつかに、そう言ってくれた皆実の言葉を頭の中で思い出す。

 この言葉が、どれほど嬉しかったことか。




「二人のこと、どうでもいいとか思ってる訳じゃないよ」


 ずっと、自分が繋ぎとめることができるのなら、と思っていた。でも今、繋ぎとめておきたいものは別にある。

 終わりのない迷路のような、二人の仲を取り持つような存在は、もう嫌だ。



「オレが今、守りたいと思うのは皆実との生活。一番大事なのは、皆実なんだよ」



 そのことは迷いもしない、オレの中の真実。




  ◇    ◇





「オレが今、守りたいと思うのは皆実との生活。一番大事なのは、皆実なんだよ」


 そう、言った。圭祐の強い声が、聞こえた。



「ねぇあんたコレ、普通の結婚してる夫婦よりも幸せなんじゃないの?」

「……………そうかも、しれない………。」


 母さんが、ぼそりと小声で呟いた。私はそれに、ゆっくりと頷く。



 近くなればなるほど、元に戻るのが難しくなることは感じていた。


 でも、大切で大切で失う不安に押し潰されそうで近付くのをためらう心さえも、消し去ってくれる人に出会えた。

 未来のためじゃなくて、“今”のために生きてるんだって、気付かせてくれたの。


 一生かかってもきっと、こんな関係ってほかには築けない。

 大切なんだ。




(私もだよ。)



 目頭が、熱くなったのを感じていた時、私と一緒にドアに耳をくっつけていた母の体が、震え出した。


「……っもう我慢ならないわ!たのもぅ!」


(ええっ!?)


 バコーンと大きな音をあげて、母さんは勢いよくドアを開いた。

 二人は驚いた顔で彼女と、同じように驚いている私の顔を交互に見やる。



「――皆実!?え、あれ?…ってなんで泣いてんの!?」

「な、泣いてな…っ!」

「えっ、ちょ…泣くな、泣くな…!」


 驚きで一瞬止まりかけた涙が、圭祐の声を聞くことで零れ落ちた。圭祐は焦ったようにかけより、私を腕の中におさめた。私も、泣き顔を見られたくなくて彼の胸に顔を埋める。



「ごめんね、圭祐くん。皆実、感動しちゃってるのよ、あなたの言葉に」

「へ?」



 同じ気持ちだったことが、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。涙が止まらない。

 私は感動モノの映画にだって滅多に涙を流さない。そんな私がこんな風に泣きじゃくるのだから、彼がびっくりするのも無理ない。




「な、何よあなたたち…っ!」


 面食らっていた武仲さんが口を開いた。

 母さんは彼女の方に向き直って、ニッコリと微笑んだ。




「ご無沙汰してます、皆実の母親です。

 お話、事情、少なからず伺ってますので、失礼を承知で申し上げますわ。寄り添っていく覚悟を決められるような夫婦関係を築くことができなかった貴方達が悪いと思うの。

 彼らはもう、子供じゃないわ。いつまでも、親の勝手に巻き込まなくてもいいんじゃないかしら。」


「……っ、私はただ、圭祐とももう一度、やり直したかっただけよ…!」


 絞り出すように、武仲さんは言う。


「圭祐には、悪いことをしてきたと思っているわ…!それに私自信がないもの!一人で、あの人と向き合う、自信が…っ」

「……。」 

「圭祐がいたら、頑張れるような気がしたの…!」


 そう言いながら泣き崩れてしまった彼女に、圭祐は私から離れてそっと近寄った。


「…最初に、そう言ってくれればよかったんだ。皆実のせいみたいな言い方、しただろ。それじゃオレ、頷けないよ。」

「圭祐…」



 私も座り込む武仲さんの前にしゃがみ、彼女の手を取った。



「…あの時、言えなかったこと、言ってもいいですか?」

「…、ええ…。」

「私たちが一緒に居ることは、お互いにプラスであると思っています。誰が、なんと言おうと。私たちが、それを確信しているから。」


 今度は言えた。彼女の目をしっかりと見て。

 彼女の方も、何も言い返せないようで、俯いてしまった。



「……オレ、此処は離れないよ。でも、たまに帰るから。何かあったら、連絡してきてくれていいし。…それじゃあ、ダメかな」



 今度は、大きく頷いた彼女に、私と圭祐は目を合わせて微笑んだ。



「一件落着かしらね。」

「紗枝さん…」


 圭祐は、母さんのことを、名前で呼ぶ。というか、彼女がそう呼ばせている。うちには何度も遊びに来ていたし、ごはんもよく食べて行ってたから、母さんのお気に入りなのだ。



「圭祐くん、いつもありがとね。皆実のこと、これからもよろしくお願いしたいわ。結婚しろとかじゃないわ、ただずっと、かけがえのないパートナーであって欲しいの。でも、結婚するのも大歓迎よん♪」


 母さんは楽しそうに言って、圭祐にウィンクをした。

 圭祐はさすがだなあ、なんて言いながら、私と一緒に笑った。






  ◇    ◇




「会ってたの、なんで言わなかったんだよ」


 二人を駅まで送り届けてからの帰り道、“会ってた”というのは、皆実がおふくろとはち合わせをしていたことだ。



「だって電話で、私に会わせたくないって言ってたから、会ったことで圭祐が嫌な思いするのわかってた」

「嫌な思いすんのは、皆実の方だろ…」

「そうだけど。でも、気付くこともできたよ。やっぱり、離れたくないって。――大切だって。そっちが思ってるのに、負けないくらいにね。」


 そう言ってニカッと笑った皆実は、今まで見たどんな表情より、綺麗に見えた。



「何ソレ、愛の告白?浮気者め。」

「言い忘れてたけど、芳井くんとも別れてますー」

「は…、え?」

「ちょっとね、条件が合わなかったの。」

「条件って何だよ」

「秘密ー」




 60億もの人たちの中で出会った二人が、同じ気持ちでいることは、一体どれくらいの確率なんだろうと、思う。


 一人の女の子として。一人の人間として。ただ純粋に愛しくて、彼女を想う自分の気持ちさえも愛しい。





「だから、浮気者では無く…。愛には変わりないんだけど、なんか違う。自分でもよくわかんないの、でも、愛より大きい愛?」

「深いな。」

「うん。深いでしょー。」




 この想いの名前を知る日が来るのかは分からないけど、今大切なものを、未来の自分が見失わないように、願う。





 今日好きだと思ったものを、明日も好きでいられる保証はどこにもないから。


 今、この瞬間を、精一杯愛そうか。









番外編[a calm room]はこれにて完結になります。

[room]は部屋の意味と、場所、という意味でも使いました。

番外編はまだ続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ