01話 武仲圭祐と橋爪皆実
ピンポンピンポンピンポーン
「ただいまー!」
チャイムの音、連続三回。
これは202号室の、ドアを開ける前の合図。
「ただいま、遅くなった!」
「お疲れー、ご飯すぐ食べる?」
「悪い、今日俺の当番だったのにな。食うよ」
「はーい」
此処は、2Kのアパート202号室。住人は武仲圭祐と、私、橋爪皆実。
当然、苗字も違うので兄弟というわけではない。
「ん、んまい。皆実上達したよな、料理」
「でっしょー?2日に1回作ってればねー」
「こりゃ助かる。最初はどうなることかと――」
「なんか言ったー?」
「…いんや、ごっそさん!」
じと、と睨む私を見ないフリして、ぱちんと顔の前で彼は手を合わせた。
それを見て私は皿を片付け、流しに運ぶ。腕捲くりをして、蛇口をひねった。
「あ、皿オレやるよ」
「いーよ、ご飯も私やったんだし。そのかわり、明日ご飯も皿もヨロシク」
「……へーい」
1日交代の当番制度。夕飯作った人が、皿も洗う。皿洗いも自分がやるとなれば、なるべく皿を少なく効率良く使えるようにもなってくる。
今日は本来当番であった圭祐から遅くなるとの通達を受け、私がご飯を作った。
こんな感じで、なんだかんだ助け合って暮らしている私たち。
―――でも、どうして私たちが一緒に暮らしているかって?
「それって、同棲?」
「違うよ」
「……違うの?」
「うん」
「……じゃあ何?」
「――ルームシェア、かな」
「今時、そんなんあるんだねェ、男女で。……何もないの?」
「何が?」
「それ聞く~?」
友人はまだ、アヤシイといった目で私を見る。
世間では、付き合ってもいない男女が一つ屋根の下――って、珍しいらしくて。こんなやり取りも、実は初めてじゃなかったりする。
学食で私はBランチを食べながら、向かいに座る友人の溜息を聞いた。
「でもいいなァ、なんかソレ」
「そ?」
「中々ないっしょ、そんな関係。そんな男友達欲しかったなァ……」
今度は物分かりが良いヒトで助かった。今までの追及は、もっとしつこかったから。
納得したような彼女の反応を見て、少し安心した。
「ね、どんな人?」
「どんな~………?」
「タメ?カッコイイ?血液型は?」
「タメ。大学おんなじだよ。学部違うけど……あ、アレアレ」
噂をすればナントヤラ、ちょうど良いタイミングでランチを持って歩く、圭祐含む3人の集団が見えた。
「圭祐ー!」
少し大きめの声で手を振りながら彼の名を呼んだ。向こうもすぐに気付いたようで、こちらに向かってくる。
「よ、皆実。大学で会うなんて久々じゃね?」
「だねー、今からお昼?」
「おう。あ、此処いい?」
「どうぞどうぞッ!」
そう言って友人は、圭祐の目の前で、彼女の隣の席のイスをガタッと勢いよく出した。
「ん、初めて見る。皆実の友達?」
「柳瀬杳です!やだァ、超カッコイイじゃん皆実ッ!」
「ははは。良かったね圭祐、カッコイイってよ」
「何、杳ちゃん超いい子じゃん~。じゃ遠慮無くお邪魔します」
圭祐は杳の隣に、後の二人は圭祐の向かい、私の隣側に腰かけた。
杳を包むオーラが、変わったのが見えた。ぽう、と圭祐に見惚れているようだ。
「そうだ皆実。卵ってまだあるっけ?」
「あ、私昨日全部使っちゃった。使うなら買って来てもいいけど、明日近所のスーパー特売日で安いと思う。」
「おーまじか。わかった。今日は無しでいこうかな。」
私たちの会話を聞いて、圭祐の友人二人が楽しそうに突っ込んでくる。
「なーんか、夫婦みたいな会話だね」
「何、おまえら同棲してんのっ?」
「一緒には住んでるけど、そゆんじゃねぇよ」
別段焦る様子も見せず、圭祐はサラリと否定した。
もちろんその通りなので、私も何も言わずにただ頷いた。
この生活になる前でも、仲の良さからしょっちゅうからかわれてきた私たちにとって、こういう類のからかいじみたものには慣れっこだったりして。
「じゃあどォして、一緒に住むことになったのォー?」
杳が、身を乗り出して尋ねてきた。
明らかに口調が変わっている。さっきはあまり興味を示していなかったのに。
「最初はお互い一人暮らしだったんだけどね」
「家賃安さにボロアパートでさ。飯とかめんどくさくなったりして、隣同士だったから」
「私が圭祐んちでご飯食べたり」
「オレがコイツんちでTV観たりしてたら、な?」
「うん、だったら二人でもーちょいリッチなアパート住んで、家賃分割すれば、安いじゃないか、と。」
「まあ、そんな感じ?」
「だね」
話し終わった私たちを見て、彼らはへぇ~と感心している様子だった。
「確かに、一人暮らしって光熱費とかもったいないよな。」
「冬とかも、一人とか絶対寒そう」
「だろ?あ、おまえらは実家だもんなー」
しみじみと、彼等は言った。私もそれには頷けた。
部屋に人がひとり居るのと居ないのとでは、室温に大きな違いを感じる。
「仲良しなんだねェ」
「まあ、悪くはないね」
「うん」
羨ましそうに杳が言うのを、私たちは顔を見合わせて答えた。
私たちがどうして一緒に暮らしているかって?―――つまりはそういうこと。
幼なじみで、同じ大学へ通う私たちが、友達よりもうんと近付いたこの距離で、親友として生活しているという――、
これは、そんな物語。