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4.君の行動に惑う



―――俺は結局、目的の物を手に入れることが出来なかった。


というのも、あの化け物すぎる校長が「魔法薬物実験学」の教室の前で首をぐるんぐるん回してケタケタ笑って座っており、「あ、こりゃ駄目だな」と直感的に思った俺たちは静かに寮に戻った。


ちなみに俺の帰るべき部屋は二人部屋なのに俺の貸切状態だ。……こんなところまで俺、ぼっち……。



「でも、居心地は良いんだよなあ……」


日本から連れて来た俺の友人ペット、「やーさん」の頭を撫でながら呟く。

最初はやーさんがキモかったけど、慣れてくると可愛く見えてきた。今では大切な同郷の友なのだ。


「今日は部屋から抜け出すなよー?」


制服を着て脱走癖のあるやーさんに言うと、やーさんは尻尾を揺らすだけだった。







「―――やあ、ミモザ。」

右衛門佐よもさだっ!……おはよう」



朝食の席はいっつも隅っこだ。

俺は焼きたてのパンに林檎ジャムを塗りながら、欠伸を噛み殺すアルメリアに挨拶をした。


アルメリアはしきりに眼を擦りながら、当然のように俺の隣に座る。……なんか、感動した。


「オムレツ取って」

「えっ、…あー、うん」


アルメリアの皿に乗せて渡そうとするが、あいつはテーブルに突っ伏して「……もっと何か……入れといて…」と言う。

どのくらい食べるのか、好みも分からないのに――悩んだが、ぼっちだった俺はついついアルメリアの頼みを聞いてしまった。


何となく女子が好きそうなクロワッサンだとか、ポテトサラダとか。体が弱いとか言ってたしベーコンも追加。あと朝は果物だ――林檎とバナナ、どっちがいいかな?


「……アルはバナナ、嫌いよ」

「そっ…――なんです、か」


アルメリアの隣、蜂蜜みたいな髪色の、ボブカットの女の子が教えてくれた。

気紛れで男前すぎるアルメリアと違ってきちんとした――指先から何まで「女の子らしい」せいか、話しかけられただけで意識してしまった。

気まずい雰囲気に俺が恐る恐る口を開くと、ぐだっとしていたアルメリアが急に、がばっと顔を上げた。


「お腹空いた!」

「………もう盛っておいたから」


ありがたく食えよ、と言う前に、アルメリアは自分の両頬をパンッと叩く。

そして「ありがと夕霧」と言いながらオムレツを口に突っ込んだ。……このやり場のない、何とも言えない気持ちをどうしろってんだ。


(あと、こういう時だけちゃんと名前呼ぶなよなあ)


調子狂う、と自分のパンを齧ると、(誰もいなかったはずの)目の前の席にジョナサンが座って紅茶を飲んでいる――のに、吃驚してパンごと舌を噛んだ。


「いだっ。…おまっ、いつの間に!?」

「君がアルをちらちら見ている間に、ねえ」


黒い表紙の本を読み始めたジョナサンは、それだけ教えると紅茶をまた飲む。

どうやら朝食はとらない派らしい。…隣のアルメリアの食欲を分けてやりたいくらいだ。



「―――あら、Mr.ヨモサ。友達が出来たのですね」



背後の声にびくっとしたのは俺だけではない。アルメリアとジョナサンを覗く半径5メートル以内の生徒ほとんどが飲み物を零したり肩を震わせた。


「あ……はい……」

「わたくしはそれを嬉しく思いますよ。――まあアル、もっとお上品に食べなさいな」

「さーせんッス」


優雅な微笑を浮かべる校長先生から必死に目を逸らしつつ返事をする俺に対して、アルメリアは口からウィンナーの端を出したまま返事をした。

それから二言三言と話して去っていった校長先生だが、まさか昨夜の悪夢の正体とは思えないほどに、優しい。


アルメリアの言う通り「罰則」も何もないまま――というかアルメリアと校長先生はあの日、殴り合いをした仲だというのに、二人とも後腐れの無い別れ方だ。


「………女って不思議だよな」

「ああ、まったくもって、女性というのは奇怪千万さ」


ジョナサンの気の無い返事に、俺は黙って頷いた。











友達ができると、苦痛だった授業も楽しく思えた。


なにより―――もう、「ぼっち」だと泣かずに済むのだ!



「―――はァい、今日は『膨らし水』を 一 人 で 作ってもらうわ。材料はすでに――」



思わず俺は床に膝と手をついた。


なお、ジョナサンはさっそく授業をサボってるんで、ちょっと寂しい。


「ちょっと。邪魔よ」

「ご、ごめん……」


朝食の席でアルメリアの隣に居た女の子は、俺をホームレスでも見るような目でそう言った。

何だか誰かに似ている女の子はさっさと戸棚から道具を引っ張り出すと、しばらく項垂れている俺を見る。

視線に気づいて俺が「ん?」と顔を上げる――が、顔面に鍋を押し付けられて彼女の表情は見れなかった。


「ちょっ、いだだだっ」

「わ、悪かったわね!早くこれ、持って行きなさいよ!ほら!」


きっと今の俺の顔は鍋に潰されて酷いことになってるに違いない。無情にぐちぐちと俺の肌に圧し掛かるそれを何とか受け取ると、俺はすぐ近くで見守っていたらしいアルメリアに渡した。


「え?私に?」

「えっ?」


何か、変なこと、しただろうか?

ふ、普通、こういうのってどんどん友達に渡してくもんだよね?えっ、何でアルメリア、不思議そうにしてんの?


―――そう固まっていると、アルメリアは膝を折って俺に耳打ちした。


「ミモザ君よ、それはフランが君のためにって渡してるんだぞ」

「えっ」


俯いてプルプルしてる女の子、……ふ、フランさん?をちらちら見る。アルメリアの言葉を何度か繰り返して、やっと意味が分かった俺は頬がほんのり赤くなったと思う。


俺、まさかの「春」が早くも到来ってこと―――!?



「フランは基本的にツンとしてるが優しーい子でね、君が落ち込んでいるのを自分の考えなしの言動のせいやもしれぬと思って、気を遣ったのに」



俺の心はすでに真冬のようであった。


出来ればもうこのまま、何とも言えないこの気持ちに潰されて消えたいくらいだ。……アルメリアに上から鍋を押し付けられて本当に潰されそうだけどなっ。


「ちょっとそこォー?何してんの、鍋取ったらさっさと退く!あたしに退かされたいの!?」


すごく立派な腕を見せて「魔法薬物実験学」教師、ハーデル先生が怒鳴る。

俺が急いで立ち上がる頃にはフランさんも二人分の道具一式を取っていたが、俯いたその顔は赤くて唇を噛んでいる。席に戻ろうとフランさんが振り向いたとき、やっと目が合った。


「あ、ありがとっ。フランさん」


照れっとしながら感謝を告げると、フランさんはすぐに顔を逸らしてアルメリアの元へ向かった。アルメリアと窓の間の席に着こうとして、アルメリアのすでに勝手に始めている解体ショーの被害の跡を見て足が止まった。

俺はその頃にはアルメリアと通路を挟んで隣の席で鍋や道具を設置していたのだが、後ろからコツコツと耳に優しい足音がして振り向くと、フランさんはやっぱりそっぽ向いて、


「もっと道具、寄せてちょうだい」


え、と首を傾げた俺がアルメリアの方を向いて納得する間に、彼女はさっさと道具を広げて教科書の作り方と黒板のポイントを背伸びして見ていた。


慌てて俺も教科書と黒板を見る。とりえずはこの目に鮮やか過ぎる緑の蛙を捌かなくてはいけないらしい……チラッとアルメリアを見ると、あいつはすでに捌き終わって液が激しく飛び出ているタコの足のような根をぶつ切りにしていた。


(い、意外と綺麗だな……)


液体だとか破裂した何かの内臓(?)のせいでアルメリアの周囲は地獄絵図だが、よくよく見ると材料である蛙たちは基本的に丁寧に切られ分けられている。

次にアルメリアが目玉模様の生きてる小鳥を捌く際には、まずナイフを置いて二秒ほど目を閉じてから、迷いなく小鳥の首を掻っ切った。

俺の中では魔法薬物の材料なんてもっと残酷に殺してそうなアルメリアだったが、この姿を見たとき、ちょっと好感を持った。


「……じゃなかった、さっさと自分のやんないとっ」


隣のフランさんは嫌そうな顔で蛙を摘まみ、そのままナイフを持って突き刺した――が、蛙からずれてまな板の方に刺さってしまう。そんな様を嗤うように、蛙が鳴いた。


「………ごほん」

「あっ、あーと、蛙蛙っ」


周囲に(しかも女子二名)に挟まれてるせいで集中が出来ない。

ハーデル先生はそんな俺に気付いて腕を組んで隣で見ている――俺は急いで蛙を捕まえ、「ごめんなさいっ」と小さく早口に言うや否やナイフを入れた。……すると、どういう訳か切り落とした蛙の頭はハーデル先生の顎にヒットした―――。



「…………。…イイ度胸ねえ、Mr.ヨモサ……」



さらさらとハーデル先生は紙に――恐らく俺の成績云々に関わることを、書いてらっしゃるようだ。


何度も謝りながら慎重に慎重にナイフを蛙に入れていく俺の隣で、今度は何とか蛙の頭を落としたフランさんがやらかした。

しっかり蛙を押さえずに勢い任せに切り落とした部位がハーデル先生の鼻にヒットしたのである。


「何なのかしらねえ、あんたたち―――ああ、まったく。青寮の子って繊細にして高度なる魔法薬物を舐めてるのかしらァ!?エイジャー、そのじゃらじゃらした馬鹿げたものは没収!隣のあんたっ、その鍋はどういうこと―――」


レースと刺繍の綺麗なハンカチを取り出したハーデル先生だが、汚れに触れる前にハッとした顔で慌ててハンカチをしまい、もう一つのポケットから地味なハンカチを取り出した。


それで顔を拭くと、エイジャーという姓の注意された生徒の教科書の上に汚れごとハンカチを落として怒り始めた。



「―――まあ、この私は青寮だけでなく、学校一の魔法薬物の天才だがね」



すでに完成している「膨らし水」を小瓶に入れるアルメリアの一言に、フランさんはふんと鼻を鳴らして、


「本当の天才はそんな傲慢な物言いはしないものだけどね」


やっと蛙を捌き終わった俺はその言葉に「まったくだ」と返事をする。


なんとなく、彼女とは気が合いそうだと思った。








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