夢魔
幾度同じ夜を過ごしたのかわからない。なのに、慣れきったはずのその背中を、見慣れないもののように感じてしまう自分に、戸惑う。
「何考えてんだ?」
「別に何も」
繰り返される形式じみたやりとり。まるで挨拶のようなそれは、私にとって必要なこと。
答えがわかっていても聞かずにはいられない彼。
呆れられるのが怖いのに、こんな答えしか返せない私。
近すぎる他人との距離に、どうしていいのかわからなくなるのは今に始まったことじゃない。
知れば知るほどわからなくなって、赤の他人の私がいつまでここにいられるのかもわからなくて、不安に気持ちがついていかない。
そんな風に考えるようになったのは、私にとっては進歩なのだと、そう彼は笑うけれども。
「心配すんな、俺がいる」
膝を抱えてうずくまる幼子みたいな私をあやす。背中に回された両手が温かくて、縋りつくように彼を感じる。
でも、不安は消えない。
いつかは終わりがやってくるんじゃないかって、幸せな夢を見た後のせつなさのように。
同じ大学に進学することにした私は、担任教師を巻き込む形で今の場所を確保することができた。
先生にとっては、私の始めての「わがまま」はとても喜ばしいことだったらしい。経験が浅いにもかかわらず、私の両親の性質をすぐに見抜いた先生は、あっという間に彼らの沿うような形で私が進路を変更したのだと、納得させてしまった。
それは、大学の偏差値だったり、知名度だったり。
彼らにとって私の進学先など、ただのアクセサリーに他ならない。ただ母は、恐らく私が彼女より彼女にとって上の大学に行くことにかすかな不快感を抱いているのは確かだ。
自慢できなくてはいけないけれど、手に余ることは許さない。
そんな複雑な思いを抱かせる私を目に見えないところに追いやることで、彼女は心の平安を保っているのかもしれない。
あっさりと許された一人暮らしは、あたりまえのように彼と過ごす時間を増やす。誰かがいる部屋が慣れなくて、でも、もう元には戻れない。
きっと、彼らは未だに私が自分たちの希望通りの道を進んでいると思い込んでいるだろう。
そんなものは、二年前、金色の髪をした彼に出会ったことで崩壊している。
色を取り戻した私は、もう元の小箱には戻らないのに。
「明日どうする?」
お互い学部が違うから、同じ大学といっても日中はほとんど会うことがない。
おまけに彼はきちんとバイトをしているから、夜もあまり会えない。
「ゆっくりしたい」
あまり色気のない返事に、クスリと笑って私を再び引き寄せる。
「じゃあ、ずっとこうしていよう」
どうしよう、麻薬のように彼に依存していく。
「ずっと?」
「ああ、ずっと」
言葉で縛るような約束をしてしまう。
何事にも捕らわれないはずの彼を、捕らえているのは言葉の鎖。
そこから動かないでいてくれるのは、彼の意思だと信じているけれども。
「心配するな」
繰り返される言葉。
スポンジが水を吸い込むように、私の身体に染み込んでいく。
それでも私は繰り返す。




