残像
変わらない毎日、変わろうとしない私。
こうしていれば生きていける。
「N大学が第一希望でいいな」
「はい」
「まあ、成績も十分だし、大丈夫だろう。だが気を抜くなよ」
「ありがとうございます」
考えることはずっと前に放棄した。選択肢があってもなくても、私には関係がない。
両親が満足する大学ならば、どこでもいい。母親が気まぐれに口にしたその大学に意味があるわけじゃない。
そんな内心など吐き出せるわけはなく、私は曖昧に微笑んで、担任教師との会話を終了する。
「なあ、おまえ、将来の希望とかってないの?」
想定外の質問が飛んできて、少しだけ戸惑う。
希望?
それは。
「今は大学に入学することですが」
微妙な顔から失意の少し見える表情になったことを隠そうともせず、教師は先を続ける。
「だから、そんなんじゃなくって、将来だよ、将来」
「考えたことがありませんから」
日本語は理解できるけれども、内容が頭に入ってこない。
この人はこの場で何を聞きたいのだろうか。
比較的若くて、熱心だけれどもそれが空回りすることもある先生が、どうしてこんなことを聞いてくるのかがわからない。私など、何の問題もない目にかけない生徒の代表例だというのに。
「おまえ見てると、不安になるんだよ」
返事もできずただ首をかしげるしかない。毎日ちゃんと学校にきて、勉強をして、特に悪い成績をとることもない私にそんなことを思う要素が見当たらない。
現に母親は、私の毎日にとても満足している。
まともに会話をしたことなど記憶がないぐらい昔のことなのだけど。
だから、ますます先生が、言っている意味を理解できない。
「いい子すぎるんだよ。口答えひとつしない、校則はすべて守る、友達との目立ったトラブルもない」
「言われている意味がわかりません」
「そういう特徴のない生徒は周囲に溶け込んで目立たないんだよ、普通は。なのにおまえときたら、クラスの問題児並みに目立ちやがる」
問題児、という単語で、屋上で出会う奇妙な同級生を思い出した。
わけのわからない状況で、咄嗟に他人を思い浮かべる自分に驚く。
「目立つ、とは違うな、沈んでいる。そこだけ色がない。カラーの中のモノクロってのも逆に目立つもんだろう」
「それが何か?」
彼の言わんとすることがいまいちよくわからない。
だけど、これ以上誰か、に私の中の何かを侵食されることは好ましくない、ということだけはわかる。たぶん、それは本能的なもの。
「もう失礼してよろしいでしょうか」
勝手に呟いて、勝手に考え事に陥っていた先生を横目に教室を去ろうとする。
追いかけるようにして、彼の言葉が私に覆いかぶさる。
「自分を出さないと、いつかは潰れるぞ」
やっぱり意味がわからなくて、でもその言葉は私に染み込んでいき、頭の中で繰り返される。
たぶん、私は、気がついている。
私の行きつく先を。
逆らわず、何も考えず、でも親の何かを欲しがって泣いている自分を。
残像。
金色の髪に銀色のピアス。
網膜に焼きついた彼の顔は曖昧で、ほかの場所で認識することすらできないというのに。
どうしてこの瞬間思い出し、そして、泣きたくなってしまうのか。
その距離を縮めて見えないものが見えるようになるのなら。
隙間にもぐりこんだ距離が果てしなく遠く、私に重くのしかかる。
私は何かを望んでいるのかもしれない。




