距離
息をすることが苦しい。
いつか、この痛みを感じなくなる日がくるのだろうか。
「おまえ、また来たのか?」
「・・・・・・」
「だんまりかよ」
私の中で習慣となっている屋上での休憩には、いつのまにか別の風景が加わっていた。
金髪で装飾品をジャラジャラつけた同級生と名乗る男。
彼が加わったところで、私の生活パターンが変わるわけじゃない。
ただ、接触してこようとする態度が私には理解できないだけ。だから、ほんの少しだけ苦い。余計なことを考えなくてはいけないから。
だけど、かかわらないで、そう言うことすらも面倒くさい。
本心は、どこかに隠してしまった。
「おまえ、同級生に陰でなんて言われてるか知ってんの?」
意味ありげに問いかけられる。
興味がない、そういい切れば終わる会話を私は黙っていることで続けてしまった。
だけど、やっぱりどうして他人に興味がもてるのかがわからない。まして私に。
「何を考えているのかわからない人形のようなやつ」
若干の好奇心を含んだ目でこちらを見つめる彼が、私の瞳を覗きこむようにして話しかけてくる。いつのまにか体一つ分しか離れていない距離に彼は座る。
フェンスにもたれるようにして座り、今日はグラウンドに背を向けている私のすぐそばに。
慣れない、この距離感には。
他人といわず、他の人間がこの距離でいることがないから。
「だから?」
陰だろうと表であろうと何を言われても気にはならない。お互い、表面上うまく取り繕えていればそれでいい。私にとっても相手にとってもそれ以下でも以上でもない関係。それが私にとって居心地のいい関係だ。
それ以上、は。
考えるだけでわずらわしく、頭が考えることすら拒否してしまう。
「いいのかよ、そんなこと言われて」
「関係ないから」
首を僅かにあげ、フェンス越しに曇りがちな空を見つめる。少しずつ詰め寄られた距離に戸惑い、もたれた背中に力をかける。金属のひんやりとした感触が背中に伝わり、やがてそれは私の体温と混じっていった。
気まぐれに彼の方を向けば、彼は呆れたような怒ったような顔をして私を見据えたままだった。
私は、この人のこんな表情しかみていない気がする。そんなことを思う自分が珍しくて、そしてほんのりと浮かんだ思いは気がつかなかったことにした。
「てめーのことだろうが」
そう声を張り上げた瞬間、彼の左手が私の頬に触れるように通り過ぎ、フェンスに近づいた。
金網を握り締め、さらに私と距離を縮める。覆いかぶさるようにして私を見下ろす彼は、どこか焦りをかんじさせた。
ほぼゼロに近いこの距離感にさらに、感じたことのないような戸惑いを覚える。
「なんでっ、そんなに無関心なんだよ」
泣いて、いるのだろうか、怒っているのだろうか。
私にはない感情の波が押し寄せる。
「あなたはどうして私にかまうの?」
感じたのは、体温。
私よりもわずかに高いぬくもりは、身体の芯の何かに届きそうで急に恐ろしくなる。
「初めて、俺に興味を持ってくれた」
わからない、と何回も心の中で繰り返して、途方にくれる。
あんなことを聞いた私。
私のことにかまう彼。
いやだ。
何か、が崩れる。
音が聞こえる。
「どうして?」
「俺にもわかんねーよ」
呟くようなかれの声は、確かに泣いていたのかもしれない。
空は雲ばかり。
今日は太陽も見えない。
でも、それは、きっと、これからもずっと。




