↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/4

04 アエガテス諸島沖の海戦

 紀元前二四一年三月十日。

 早朝。

 アエガテス諸島に、西から東へと向かう風が吹いてきた。

「出帆!」

 艦隊司令のハンノの号令一下、二五〇隻のカルタゴ艦隊が動き出す。

 向かう先は、リルバイウム。

 目的は、ハミルカルへの補給であり、同時にそこを囲んでいるローマ艦隊を撃破することにある。

 現地の漁民を買収して情報収集に怠りなかったファルトは、カルタゴ艦隊迫るの報を聞き、出撃を決断した。

「風がこちらに向かって……不利です、前法務官(プロプラエトル)閣下」

 憂慮する百人隊長(ケントゥリオ)もいたが、ファルトは押し切った。

「今ここで、カルタゴにハミルカルに補給させてみろ。これまで前執政官(プロコンスル)カトゥルスがしてきた包囲が水の泡になるぞ。そうなればこの戦争、もはや泥沼であり、ローマ、カルタゴ双方に勝ちはない」

 今。

 今こそが、ローマの勝ちを拾う時。

 さすがにことがことだけに、陸上で待機するカトゥルスにも急使を派したが、その回答もやはり「出撃」であった。

 そしてその時にはすでに、ファルトの指示の下、ローマ艦隊はマストや帆など、不要なものは全て下ろし(風が不利なため、マストや帆は要らなかった)、進撃を命じるところであった。

「櫂を漕げ! まず、旗艦ユートゥルナから出る!」

 法務官(プラエトル)就任以来、共に訓練した乗組員だ。

 ファルトの号令の下、勇躍して櫂を取った。


 一方で。

 カルタゴ艦隊だが、前述のとおり、乗組員が足りない。

 その上、ハミルカルへの補給物資を積んでいるため、その分重くなっていた。

 動きも。

 こうして、ローマ、カルタゴの両艦隊は、アエガテス諸島の沖で遭遇する。

 ここまで来たら、もはや全力でぶつかるのみ。

 ハンノは覚悟を決めた。

「帆を下ろせ!」

 この時代、海戦においては風ではなく、人の手によって櫂を漕いで、それによって船を動かして戦った。

 すなわち、ハンノは、戦うという意思を示したことになる。

 対するや、ローマのファルトはすでに帆を下ろしていることもあり、その間に艦隊を動かす。

 結果、カルタゴ艦隊の横っ腹に、ローマ艦隊の舳先を向けるかたちになった。

 ファルトが叫ぶ。

「進め! このまま衝角(しょうかく)をカルタゴにお見舞いしてやれ!」

 衝角とは、船の舳先の水面下部分についている角上の物体で、この時代の海戦は、その衝角を敵艦に当てて貫き、撃沈することを旨としていた。

「避けろ! 避けろ避けろ!」

 しかしカルタゴ艦隊には人手もなく、重量のある状態であったため、にわかに回避ができない。

「ユートゥルナを前に出せ!」

 猛将メテッルスのように、炎のように攻め立てるファルト。

 その攻勢の前に、ハンノはたじたじとなった。

「とりあえず距離を取れ! 距離を置いて態勢を立て直し……うわっ」

 その時、ハンノの旗艦サランボーに、ユートゥルナが激突した。

 それはハンノとサランボーにとって幸いにも、ユートゥルナの衝角が滑って、た(・)だ(・)の(・)激(・)突(・)で済んだものの、ハンノをして「もう駄目だ」と思わせるだけの衝撃があった。

「退け!」

「待て! 逃げるな!」

 逃げるハンノ。

 追うファルト。

 気づくと、カルタゴ艦隊の半数は沈むか鹵獲されるかしていた。

 このまま、カルタゴ艦隊は全滅かと思われたが、そこで風が吹いた。

 今度は、東から西へ。

「好機!」

 死に物狂いのハンノは、必死で旗艦サランボーを回頭し、西へ――カルタゴへと向けた。

 今や半数になったカルタゴ艦隊もつづく。

 それを見たファルトは、ローマ艦隊にそれ以上の追撃を控えさせた。それ以上戦う余裕が無かったからだ

「やった」

 カルタゴは逃げた。

 その艦隊は全滅こそしなかったものの、半壊にまで追い込んだ。

 ローマの勝利と言っていいぐらいに。

「勝鬨(かちどき)を上げよ!」

 こうしてローマは、その第一次ポエニ戦争の決戦たる、アエガテス諸島沖の海戦に勝利した。




 アエガテス諸島沖の海戦の結果、カルタゴは艦隊再建の是非と金銭を秤にかけて、戦争をやめることを決意。ローマにとって有利な内容の講和条約を受け入れた。

 シチリアで戦いつづけたハミルカル・バルカも、カルタゴ本国からの兵站なくして戦うことはできず、その判断を受け入れた。

 こうして第一次ポエニ戦争は、ローマの勝利に終わった。


 ところで、ローマには、戦いに勝利した執政官(コンスル)あるいは前執政官(プロコンスル)は、凱旋式を挙行する権利を求めることができる。

 カトゥルスは当然として、前法務官(プロプラエトル)ファルトもその権利を求めた。

 だが。

「そのような前例は無い」

 最高神祇官《ポンテフィクス・マクシムス》メテッルスは却下した。

 前執政官(プロコンスル)アルビヌスは異を唱えた。

「いや、いかに執政官(コンスル)でも前執政官(プロコンスル)でもないとはいえ、ファルトの功績は無視できません」

「ふむ」

 そこでメテッルスはほくそ笑む。

 何かあるな、とアルビヌスは思った。

 ここはメテッルスに任せるが吉

 そう、感じた。

「|ローマの元老院と市民諸君《SPQR(Senatus Populusque Romanus)》!」

 メテッルスは大音声で叫び、ファルトに凱旋式の権利を与えるか否かを問うた。


 結果。

「ファルト、では共に帰ろうではないか、ローマへ」

「ええ、カトゥルス」

 ファルトはカトゥルスと同様に、凱旋式を挙行することを、ローマ市民の強い要求によって認められた。

 彼らローマ市民は知っていたのだ。

 彼らが任(・)せ(・)た(・)ファルトが、充分な仕事をしてくれたことを。


 そして現在。

 凱旋式を挙行した執政官(コンスル)あるいは前執政官(プロコンスル)は、ローマに対してお(・)返(・)し(・)をするのが通例である。そのお(・)返(・)し(・)とは神殿の建立であったり、浴場(テルマエ)の建設であったりする。が、この時、そのお(・)返(・)し(・)はカトゥルスのみであったらしく、ファルトのものは残されていない。

 ただ、カトゥルスがカンプス・マルティウス(トッレ・アルジェンティーナ広場)に建立した神殿の神の名は。


 ユートゥルナ、という。


【了】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。