第五話 客間の鏡と、初めての自己奉仕
夕暮れのヴェルモンド公爵邸は、橙色の光に包まれていた。
客間の一つ――普段は来客をもてなすための豪奢な部屋――に、私はエリカを連れて入った。
部屋の中央に置かれた大きな姿見鏡が、壁一面を覆うように立ち、燭台の炎が無数に反射して揺れている。
絨毯は深紅で、足音を吸い込み、静寂を深くする。
エリカは鎖に繋がれたまま、膝をついて進んだ。
膝の擦り傷はまだ赤く、首輪の痕が薄紫色に変わり始めている。
彼女の瞳は虚ろで、午前から続く屈辱の連鎖に、すでに心が疲弊し始めている。
私は扉を閉め、鍵をかけた。
ゆっくりと彼女の鎖を解き、代わりに鏡の前に立たせた。
「立って、エリカ。……鏡の前に」
エリカはよろよろと立ち上がった。
鎖は外れたが、首輪だけは残っている。
鏡に映る自分の姿を見て、彼女は小さく息を呑んだ。
乱れた黒髪、涙で腫れた目、傷ついた肌……。
すべてが、鏡の中で惨めさを映し出している。
「見てごらんなさい。……これが、今のあなたよ」
私は彼女の背後に立ち、両手で肩を掴んだ。
耳元に静かに語りかける。
「元の世界では、生意気な女子大生だった。誰かを冤罪で陥れて、平気で笑っていた。でも今は違う。公爵令嬢のメイドとして、毎日私の命令に従い、過去の罪を償う存在……自分の姿を、鏡で直視しなさい」
エリカの唇が震え、鏡の中の自分が、首を振ろうとする。
「……いや……こんなの……私じゃない……」
「嘘はつかないで。見て」
私は彼女の顎を軽く持ち上げ、鏡に向けさせた。
「あなたはもう、男爵令嬢ではない。私のそばで仕えるだけの存在。首輪を着けられ、逃げられない。『痴漢冤罪をかけた女が、公爵令嬢の前に跪く』……その事実を、鏡で確かめなさい」
エリカの息が荒くなり、瞳に涙が溜まる。
私は言葉を続け、容赦なく畳み掛けた。
「あなたはもう、普通の令嬢には戻れない。私のそばで、忠実に仕える存在に……作り変えられるのよ」
エリカの身体が小さく震え始めた。
瞳が虚ろになり、唇が震える。
私は鎖の跡を指でなぞりながら、静かに告げた。
「言ってみなさい、エリカ。『私はアリアナ様の忠実なメイドです』って」
エリカは首を激しく振った。
涙がぽろぽろと零れる。
「いや……言えない……そんな……」
「言えなかったら……もっと厳しくするわよ。この鏡の前で、毎日自分の姿を直視させる?それとも、使用人たちを呼んで、あなたの立場を証明させる?」
私は静かに見つめ続けた。
エリカの唇が震え、ついに小さな声が漏れた。
「……わたしは……アリアナ様の……忠実な……メイド……です……」
その瞬間、エリカの肩が落ち、涙が床に落ちた。
私はゆっくりと彼女を抱き寄せ、鏡に映る二人の姿を見せつけた。
私の銀髪と彼女の黒髪が絡み合い、夕陽に輝いている。
「いい子ね、エリカ。……少しずつ、あなたの心も、私のものになっていくわ」
燭台の炎が揺れ、鏡の中のエリカは、虚ろな瞳で自分を見つめ続けていた。
彼女の心は、まだ「こんなの私じゃない」と小さく抵抗している。
だが、鏡に映る自分の惨めな姿と、過去の罪を突きつけられる屈辱を――もう、忘れられなくなっていた。
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