第四話 図書室の静寂と、初めての言葉責め
午後の陽光が、ヴェルモンド公爵邸の図書室のステンドグラスを透過して、色とりどりの光の粒を床に散らしていた。
重厚な本棚が壁を埋め尽くし、古い革の匂いと紙の香りが混じり合う静かな空間。
普段は使用人すら近づかないこの部屋に、私はエリカを連れてきた。
鎖はまだ彼女の首輪に繋がれたまま。
午前の噴水での出来事の余韻が残り、エリカの膝は小さく震えていた。
彼女は床に膝をつき、両手で胸元を押さえようとするが、私はその手を優しく、しかし確実に払いのけた。
「隠さないで、エリカ。ここは誰も来ないわ……でも、来るかもしれない」
エリカの青みがかった瞳が、恐怖と諦めで揺れる。
唇が震え、掠れた声が漏れた。
「……もう……許して……アリアナ様……」
私はゆっくりと彼女の前に腰を下ろし、長い銀髪を指で梳きながら、耳元に静かに語りかけた。
「許す? まだよ。あなたはまだ、私のメイドとして足りない」
私は古い革張りのソファに腰を下ろし、足を組んだ。
スカートの裾が軽く揺れる。
エリカの視線が、私に向けられるのを、私は見逃さなかった。
「こちらへおいで。……私の前に」
エリカは震えながら這うように近づいた。
鎖がじゃらじゃらと音を立て、絨毯に擦れる。
彼女は私の足元に辿り着き、顔を上げた。
涙で濡れた瞳が、私を見上げる。
私は静かに語り始めた。
声は低く、図書室の静寂に染み込むように。
「あなたはね、エリカ……元の世界で、私を痴漢と叫んで、人生を壊した女。生意気で、傲慢で、弱い者を踏みつけるのが好きだった。でも今は違うわ。私の足元で跪き、鎖に繋がれて、使用人たちの前で屈辱を味わった……本当に惨めな立場に落ちたのね」
エリカの頰が赤く染まり、唇が震える。
「いや……そんな……」
「嘘はつかないで。見てごらんなさい、あなたの今の姿を。公爵令嬢の前に膝をつき、首輪を着けられて、逃げられない。『痴漢冤罪をかけた女が、公爵令嬢の足元で跪く』……その事実だけで、心が震えるのでしょう?」
エリカの息が荒くなり、瞳に涙が溜まる。
私は言葉を続け、容赦なく畳み掛けた。
「あなたはもう、私のメイド……いえ、メイド以下の、ただの従者。毎日こうして私の前に跪き、私の命令に従い、過去の罪を償う。あなたはもう、普通の令嬢には戻れない。私のそばで、忠実に仕える存在に……作り変えられるのよ」
エリカの身体が小さく震え始めた。
瞳が虚ろになり、唇が震える。
私は鎖を軽く引いた。
首がわずかに締まる感覚に、エリカの息が乱れる。
「言ってみなさい、エリカ。『私はアリアナ様の忠実なメイドです』って」
エリカは首を激しく振った。
涙がぽろぽろと零れる。
「いや……言えない……そんな……」
「言えなかったら……もっと厳しくするわよ。図書室の扉を開けて、使用人たちを呼ぶ?それとも、このまま言葉であなたの立場を思い出させてあげる?」
私は静かに見つめ続けた。
エリカの唇が震え、ついに小さな声が漏れた。
「……わたしは……アリアナ様の……忠実な……メイド……です……」
その瞬間、エリカの肩が落ち、涙が床に落ちた。
私はゆっくりと鎖を緩め、彼女の髪を優しく撫でた。
「いい子ね、エリカ。……少しずつ、あなたの心も、私のものになっていくわ」
図書室の静寂に、エリカの嗚咽だけが響いていた。
彼女の心は、まだ「いやだ」と小さく叫んでいる。
だが、過去の罪と今の立場を、言葉で突きつけられる屈辱を――もう、忘れられなくなっていた。
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