第三話 薔薇の棘と、初めての鎖
庭の奥、小道の先で、エリカは石のベンチに寄りかかったまま、肩を震わせていた。
首輪の革が首筋に薄い痕を残し、朝の陽光に照らされて静かに光っている。
黒髪が乱れ、青みがかった瞳は虚ろに揺れている。
私はゆっくりと立ち上がり、彼女の顎を指で軽く持ち上げた。
「まだ……まだ終わらないわよ、エリカ」
エリカの瞳が、かすかに焦点を結んだ。
そこには、恐怖と――抗えない諦めが混じり合っていた。
「……もう……許して……アリアナ様……」
掠れた声で懇願する。
だが、その声にはもう、昨日の抵抗の強さはなかった。
私は微笑み、首輪の銀の輪に指を引っ掛けた。
「許す? ふふ……あなたはまだ、私のメイドになったばかりでしょう?」
私はポケットから細い銀の鎖を取り出した。
朝の光にきらめくそれは、首輪の輪にぴたりと嵌まるように作られている。
鎖の先には小さな留め具がつき、私の手首に巻きつけるためのものだ。
エリカの瞳が大きく見開かれた。
「そ、そんな……鎖まで……!」
「ええ。あなたは私の所有物よ、エリカ。これからは、私のそばを離れられないように」
私は鎖を首輪に繋ぎ、カチリと音を立てて固定した。
鎖を軽く引くと、エリカの身体が前に傾く。
膝が震え、立ち上がろうとしてよろめく。
「立ちなさい。……私の後ろについて」
エリカは首を激しく振った。
涙がぽろぽろと零れる。
「いや……そんな……恥ずかしい……人に見られたら……」
「見られるのがいいのよ。あなたがどれだけ私のものになったのか、使用人たちに知らしめるの」
私は鎖を手に巻きつけ、ゆっくりと歩き始めた。
「ほら、ついてきなさい。庭を一周するわ」
エリカは震えながら、膝をついて這うように進む。
膝と手のひらが芝生に擦れ、痛みと屈辱が混じり合う。
鎖が首を軽く引くたび、彼女の息が乱れる。
庭の小道を進む。
薔薇のアーチの下をくぐると、棘が彼女のドレスの残骸をかすめる。
鋭い痛みが走るたび、エリカの身体が小さく震えた。
私は立ち止まり、エリカの背後に膝をついた。
「ふふ……棘にさえ怯えるなんて、まだまだね」
エリカは唇を噛み、必死に声を抑えようとする。
だが、鎖に引かれるたび、瞳に諦めの色が濃くなる。
庭の奥から、噴水の水音が静かに響いていた。
薔薇の小道を抜けると、そこに円形の噴水広場がある。
中央の石像から水が勢いよく噴き上がり、周囲のベンチや花壇を湿らせている。
午前の陽光が水しぶきに虹をかけ、美しくも冷たい光景だった。
私は鎖を手に、エリカを連れて広場へ。
彼女の膝は芝生で擦り切れ、赤く腫れ上がっている。
首輪の革が首に食い込み、鎖のじゃらじゃらという音が、彼女の荒い息遣いと混じり合う。
エリカはもう、言葉を発さなくなっていた。
ただ、瞳を潤ませ、唇を震わせて、私の後ろを這い進むだけ。
噴水の縁に着くと、私は鎖を短く握り直した。
「ここで、休憩しましょうね、エリカ」
エリカの身体がびくりと震えた。
噴水広場は庭の中心に近く、使用人たちが時折通りかかる場所だ。
彼女は必死に首を振るが、声は出ない。
喉が恐怖と羞恥で塞がっている。
私は鎖を噴水の石の縁に巻きつけ、固定した。
エリカは膝をついたまま、水しぶきがかかる位置に置かれる。
水滴が彼女の背中やドレスの残骸に飛び散り、冷たい感触に肌が粟立つ。
「冷たい……っ」
ようやく小さな声が漏れた。
私は彼女の前に立ち、静かに告げた。
「これから、あなたはここで私に仕える。使用人たちの前で、私の命令に従う姿を見せるのよ」
エリカは震えながら、瞳を伏せた。
その時、遠くから足音が聞こえた。
庭師の一人が、剪定鋏を持って近づいてくる。
エリカの身体が凍りついた。
「い……いや……見ないで……!」
だが、私は鎖を軽く引いた。
「見られたっていいのよ、エリカ。あなたが私のメイドとして、どれだけ忠実に仕えているか……知らしめてあげなさい」
庭師の視線がこちらに向く。
驚きの表情が、すぐに静かな理解に変わる。
エリカは羞恥に震えながらも、膝をついたまま動けない。
見られているという事実が、彼女の心をさらに追い詰める。
私は耳元に囁いた。
「いい子ね、エリカ。……少しずつ、あなたは私の形になっていくわ」
鎖の先を私の手首に巻きつけ、私は満足げに微笑んだ。
噴水の水音が、静かに続き、エリカの嗚咽を優しく包み込んだ。
彼女の心は、まだわずかに「いやだ」
と叫んでいる。
だが、運命は――すでに彼女を私のそばに縛りつけ始めていた。
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