第二話 庭の薔薇と、初めての首輪
朝の陽光が庭を優しく照らす中、エリカは欄干に寄りかかったまま、肩を小さく震わせていた。
黒髪が乱れ、頰は羞恥と屈辱で赤く染まっている。
私はゆっくりと彼女の背後に立ち、静かに言葉をかけた。
「ふふ……いい子ね、エリカ。自分の立場を、ちゃんと理解できた?」
エリカは唇を震わせ、目を伏せた。
涙がぽたりと落ち、欄干に小さな染みを作る。
「……ひどい……こんなこと……」
声は掠れ、弱々しい。
だが、そこにはもう、昨日の生意気な響きはなかった。
代わりに、怯えと――わずかな諦めが混じっているのを、私は見逃さなかった。
「ひどい? あなたが私にかけた冤罪のほうが、よほどひどかったわよね」
私は彼女の顎を軽く持ち上げ、顔を上げさせた。
青みがかった瞳が、涙で潤んでいる。
そこに映るのは、かつての加害者ではなく、怯える少女の姿だった。
「さあ、立ちなさい。今日はまだ、始まったばかりよ」
エリカはよろよろと立ち上がった。
引き裂かれたドレスの残骸が肩から滑り落ち、彼女は慌てて両手で胸元を押さえた。
私はその手を優しく、しかし確実に払いのけた。
「隠さないで。……庭で、誰に見られてもいいのよ。それが、あなたの新しい役割なんだから」
私はテラスの隅に置いてあった小さな箱を開けた。
中には、黒い革の首輪が入っていた。
銀の留め具が朝陽に冷たく光り、中央には公爵家の紋章が刻まれている。
エリカの瞳が大きく見開かれた。
「そ、そんな……首輪なんて……!」
「嫌? でも、あなたはもう私のメイドでしょう? メイドには、主の印が必要だわ」
私は首輪を手に取り、ゆっくりとエリカの首に近づけた。
革の匂いが、彼女の鼻をくすぐる。
エリカは首を振って後ずさろうとしたが、欄干に背中が当たって逃げ場がない。
「いや……やめて……こんなの……恥ずかしい……」
「恥ずかしいのがいいのよ、エリカ」
カチリ、と留め具が閉まる音が響いた。
首輪はぴったりと彼女の細い首に収まり、わずかに食い込む。
黒い革が白い肌に映え、忠誠の証として静かに輝く。
私は指で首輪を軽く引っ張った。
エリカの身体が前に傾く。
「どう? 首輪の感触は。……これからは、これを着けて私に仕えるのよ」
エリカは唇を噛み、首を振った。
だが、瞳にはすでに、抵抗の色が薄れ始めていた。
私は彼女の手首を掴み、庭の奥へと連れて行った。
薔薇のアーチをくぐり、誰も来ない奥の小道へ。
そこには、古い石のベンチがあった。
「ここで、座りなさい」
エリカは震えながらベンチに腰を下ろした。
スカートの残骸が乱れ、彼女は膝を固く閉じた。
私は彼女の前に立ち、静かに告げた。
「これから、あなたは私のそばで仕える。毎日、私の命令に従い、私の生活を支える。それが、あなたの贖罪よ」
エリカは首を振った。
「そんな……私は……」
「拒否すれば、男爵家への影響も避けられないわ。あなたが望むなら、そうすることもできるけれど……?」
エリカの肩が震えた。
瞳に、恐怖と諦めが混じり始める。
私は微笑んだ。
優しく、しかし冷たく。
「心配しないで。あなたを壊すつもりはないわ。ただ……前世で受けた痛みを、少しだけ返したいだけ」
エリカは唇を噛み、ゆっくりと膝をついた。
「……わかりました。アリアナ様」
声は小さく、震えていた。
私は彼女の髪を優しく撫でた。
「いい子ね、エリカ。これから、長い付き合いになるわよ」
庭の薔薇が、風に揺れる。
エリカの首輪が、銀色に光った。
彼女の心は、まだ抵抗を試みている。
だが、運命は――すでに動き始めていた。
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